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カテゴリ:古代史

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聖徳太子の肖像画が朝鮮の人物とそっくりだったので、急いで日本の紙幣を福沢諭吉などに変更した。と聞いたことがあるけど、さすがにバレてきたので急いで逃げただけだったのか。変なことには必ず悪魔崇拝1%族や支配者が関わっている。


初代天皇・金良琳(キンリョウリン)が建国した新羅の別号国家・日本は、世界帝国・唐の属国であったから藤原氏が支配した!



★現在の日本人が知っている日本史とは『ウソの日本史』である。真の日本史を知るには初代天皇の金良琳と藤原氏の正体を知らねばならない。初代天皇は663年の白村江の戦いの勝利者の新羅の王族であり侵略者の金良琳であり、藤原氏とは唐(古代中国の王朝)から日本を植民地支配をしに来た者であった!新国家・日本は新羅の王族の金良琳が建国したが、大帝国・唐の属国であったから藤原氏が実質的に支配した。



★我々・日本人がウソの歴史に中に住むのは、古事記・日本書記・続日本紀・新撰姓氏録・万葉集などの、百済出身の桓武天皇が編集した偽造文書群に騙されているからである。例えば万葉集は古代朝鮮語で書かれているから、古代朝鮮語を理解できないと意味不明である。枕詞とは古代朝鮮語を理解して始めて解かること。万葉集は実はエロの歌集なんだが、それとは気づかず今までやってきたwww


★また明治時代に創作された英国製品の皇国史観にいまだに騙されているから真の日本史に、我々は無知であるのだ!



★真の日本史とは新鮮なものである。いずれこのネット時代はウソの日本史、英国製品の皇国史観の日本史はバベルの塔のように崩壊し、真の日本史の時代が来る。その先駆けに挑戦人する!





1、別の国の歴史を自分の国の歴史だと言い張る仰天の『借史』。がネット時代は佐村河内のようにウソはバレル!



★嘘つきというのは昔も今もいるもので、去年の嘘つきで一番笑えたのは個人的には佐村河内だ膿~。あの黒サングラスと長髪。それを思いっきり切って記者会見に出た姿が鷲としてはなかなか好きだった(佐村河内の胡散臭さが好き)www しかし昔の嘘つきはかなりスケールがデカイ。国の歴史のウソをつく。しかもそのスケールがデカク、別の国の歴史を自分の国の歴史だと言い張るwww 我々が歴史の真実を探求するとき、歴史を創作(偽造)した者達は佐村河内のような奴らだと思わないとならない。けして神聖な者が歴史書を書いていると思ってはならないwww しかし歴史偽造は当時の超頭脳たちがウルトラ莫大なエネルギーを費やして権力の加護の元でやっていたことで、そのウソは超高度なウソであり、なかなか解読することはできない。99%、殆どの人間は騙されるのである!



★別の国の歴史を自国の歴史にしてしまう、これを『 借史 』と云うらしい。例えば古事記の話の中に因幡の白兎というのがある。この白兎はワニの背中を乗って、向こうの岸まで渡るわけだが、日本にはワニはいない。古事記はワニのいる南の国のお話のようだが、それにも関わらず日本の神話であり歴史だとウソを言っている可能性が大きい。それを1300年も日本人は信じたわけだから、古代人のウソのスケールは佐村河内どころではない。




歴史を他国から借りてくる(パクル)という『 借史 』は日本では古代から堂々と行われていて、日本書記の聖徳太子のモデルは朝鮮半島にいた百済王の威徳王(余昌・アグリとも言った)であり、聖徳太子は架空の人物で、入鹿殺しは朝鮮半島の新羅で起こった「ヒドンの乱」のパクリであり、大化の改新というのも朝鮮半島で起きたことを日本で起きたことにして歴史を創作したのである。蘇我と物部の戦いは、新羅の王家と百済の王家の戦いのことで、蘇我が新羅王家であり、物部が百済王家である。で新羅史と百済史がゴチャマゼになっていて朝鮮半島の歴史を日本の歴史としたのが記紀を基本とする古代日本史の正体である。また初代天皇が42代の文武天皇の金良琳なんだから、その前の初代から41代までの天皇とは新羅と百済の王の歴史がゴチャマゼになって組み込まれ、架空の天皇も入っている



★しかしネット時代、ウソは通用しなくなっている。例えば百田尚樹の本の「殉愛」騒動。タカジンが死ぬまでの2年間、献身的にタカジンを看病したという涙を流す美徳の日本女性の物語として百田尚樹が書いたはずだが、テレビで本の宣伝をしたとたん、2ちゃんの「鬼女」版が異議を唱えて、美徳の物語の主役の女性と百田尚樹をネットが総攻撃する事態となった。2ちゃんの鬼女版は女性の過去のブログから女性の正体と本のウソを見抜いた!というわけだ。



★ネットの時代はウソは通用しなくなるかもしれない。なんせ1億2000万総探偵かのようにスマホ一つあれば、電話、検索、カメラ、録音機、位置確認、メール、ツイッター、ブログ、その他の機能がイッパイあるわけだから、スマホの時代は1億2000万総監視時代になった鴨しれん膿~。百田尚樹の場合、大衆をウソで騙したわけでなく取材が足りずタカジンの看病した女性に騙されたわけだが、それは作家としては失格!とネットで言われているということ。しかし百田尚樹を笑うことはできない。日本人は歴史の偽造にいまだに騙され続けているのだから!



★さて歴史のウソと真実を解明することにしよう。まずは初代天皇とは誰だったのか?そして藤原氏の正体とは?考えてみればこのブログは初代天皇は新羅の王族の金良琳って初めから答えを言っていたがwww






2、日本という国の始まりは、国号が倭国から日本に変わった時から




★国の名前が変わるのは大変なことである。「この国の名前は飽きた膿~」「そうだニャ~」「明日から倭国から日本にするか膿~」「そうだニャ~」とか、のん気な感じで国号が変わることはない。国の名が変わるのは、戦争によってその国が侵略され滅び、別の国が建国されたからである。




★日本という国の起源は『日本という国号になった時から』。倭国と日本は全く別の国だ。しかし我々が倭国と日本が同じような地続きと感じるのは、我々の習った歴史が偽造されているからだ。663年の朝鮮半島であった白村江の戦いが日本という国を誕生させたのだが。




歴史とは古代も今も佐村河内のようにウソのカタマリであるが、鹿島昇が天才なのは古代のどの国も自分の国の歴史の偽造に力を入れるが、隣の国の歴史の偽造にまでエネルギーを注がない。だから古代日本の近隣の国々の古代歴史書に古代日本の真実がかなりある」という鋭い観点である。





★663年白村江の戦いがあり、唐と新羅が百済と倭国に勝利する。ここまではどんな歴史書も書いているが、その後、新羅の文武王(金法敏)の子である金霜林が百済を滅ぼし朝鮮半島を統一し、九州まで侵略し、そして金霜林の子が日本列島まで侵略して占領した!ということはどんな日本の古代歴史書にも書いてない。しかし新羅の文武王である金法敏の孫であり金霜林の子である金良琳が倭国を滅ぼし難波まで進駐し、初代天皇となり日本という国号の新国家を建国した!ということは古代朝鮮半島の歴史書である桓壇古記には記述されている。




★自国の真の歴史を知りたいのであれば近隣の国々の古代書から真実を知れ。なぜなら自国の歴史の偽造には莫大なるエネルギーを費やすが、他国の歴史までは偽造しないのが古代の歴史書であるからだ。




新羅の王族の金良琳(初代天皇だが歴代続いているという歴史偽造をして42代文武天皇)が初代の天皇となるが、本当の支配者は当時の東アジアの大帝国である唐王朝からやって来た藤原氏。藤原という名こそが、トー(藤→唐)のミナモト(源→原)からやって来た者という暗示の名である。663年の白村江の戦いで勝利した新羅の王族の金良琳が列島を侵略して初代の天皇となり、ボルネオ語のシラヒースの意味である「日の出るところ」から列島を日本という国号にし、新国家・日本を建国。しかし唐からやってきた藤原氏が真の支配者だった。7世紀の列島に「唐の属国・日本が誕生」する。そして歴史を改竄して昔々から由緒正しい日本の天皇が列島を支配していたという偽造歴史を創作。しかし天皇を操る藤原氏(唐から来た管理人)が上で、藤原氏が実質は新羅の別号国家・日本を支配したのである!







3、「世界帝国が属国を裏から支配し搾取するシステム」が伝統の世界システム!しかし属国も世界帝国から恩栄を受ける!



★表の日本史では、日本という国は太陽神・天照大神の子孫である天から舞い降りた神武天皇が初代天皇で、紀元前660年2月11日に建国され、万世一系であり、世界で一番長い天皇という王家を持ち、日本は一度も侵略されたことがない!ことになっている。しかし日本という国が663年の白村江の戦いの後に建国されたことは、日本という国号に670年前後になったことで解かる。倭国と日本は別もので、倭国と日本は地続きだと錯覚しているのは歴史が偽造され、記紀を代表にする偽造文書を信じているからだ



★日本という国号は42代文武天皇以後に出来た国号であり、文武天皇とは朝鮮半島の新羅という国からやってきて日本列島を侵略した金良琳である。彼が本当の初代天皇。しかし天皇を初代から操っていたのは当時の世界帝国の唐王朝(今の中国)からやってきた藤原氏であった。7世紀に建国された新国家・日本は最初から世界帝国の唐の属国として誕生し、唐に搾取される政治システムが実行された



★しかし唐の属国であるゆえに、唐の文化が朝鮮半島を経由して日本にやってきて、それが京都文化や大乗仏教が根ずき伝統日本文化となっている。属国だからマイナス面ばかりがあるわけでなく、世界帝国からの恩栄もある。明治維新は19世紀の世界帝国の英国が長州傀儡政権と現人神天皇を使って日本を支配したことで、戦後は20世紀の世界帝国である米国が傀儡の自民党と平和天皇を使って日本を支配した。



と考えると世界帝国と属国というのは古代からの世界システムだと解かる。米国の属国から独立せよ!と叫んでいるのは常に左翼・共産主義者である。その共産主義が失敗ということはソ連と中国で解かる。世界帝国が世界の警察を辞めたらどうなるか?それがサヨクのオバマ米国で解かったが、イスラム国という首狩暗黒族の出現である。世界警察がいなくなるとショッカーたちが出てくる。つまり太陽神バアルと繋がった世界帝国は必要であり、属国は搾取されるが、軍事・経済・文化などの恩栄も世界帝国から受けるのである



表の日本史と裏(本当)の日本史は全く違うが、裏に到達するのは常に太陽神(将棋の王将)の導きのお陰である。その太陽神を古代ではバアルと言ったのであり、バアルを否定したのが旧約聖書を創作し信仰するユダヤ人。太陽神バアルを否定したユダヤ人と呪われた聖書の話はまた後で。今回はこれで終わりとします。


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(補足)


★663年白村江の戦いの勝者の唐が藤原氏となり新羅が北朝の天皇となり、世界帝国・唐の属国としての日本(ボルネオ語のシラヒースの意味からこの国号になる。新羅はシラヒースの発音から。日本という国号は新羅の別号である。)が7世紀に列島で誕生する。天皇に北朝と南朝があるが、北朝とは新羅系の天皇であり、南朝とは百済系の天皇である。



★古代の日本史が難解な理由は迫害された百済王族がクーデターを起こし、百済系天皇(南朝)の初代の桓武天皇が原因なのだが、彼は古代の歴史書を燃やして、古事記・日本書記・続日本紀・新撰姓氏録などの偽造文書群を創作、また書き直して、古代朝鮮語でしか読めない万葉集を日本の貴族の日本語の歌としたことにある。



★この偽造文書に騙されているから日本史が全く見えず、北朝天皇と南朝天皇の違いも解からないのである。そして19世紀の日本は世界帝国である英国に支配されるが、その時に創作した皇国史観にいまだに洗脳されている。明治維新から藤原氏が褒められるのは、世界帝国が属国を支配する方法が唐と英国で同じだからだ。



★朝廷の意味は『朝鮮の宮廷』という意味。藤原とは『唐のミナモトから来た者』という意味で、藤原京とは『唐の京』であり、平城京とは『平壌(新羅)の京』のことである。京とは王宮や政府のある都市という意味。藤原京とは唐の王宮のある都市という意味で、平城京とは新羅の王宮ある都市という意味。新羅の王宮と言ってもそれは世界帝国の唐から得た文化だが。また奈良とは古代朝鮮語の『都』という意味である。




★古事記がウソだと簡単に解かることは太陽神を女性にしていることである。太陽は男で、月は女である。そして月は太陽の光を反射する巨大な鏡だと古代人は考え、神社で鏡を崇拝するのは月が太陽の光を反射することで起きる『ハネムーン(太陽と月の合体)』を崇拝するということ。天照大神は男であったが、古事記改竄者?作者?が政治的な都合で天照大神を女性にしたのだろう。古代の女神崇拝は蛇神崇拝であり、月神崇拝であった。女神崇拝と太陽神崇拝は違う。それは母イシス崇拝は月神崇拝だが、父オシリスと子のホルスは太陽神だということ。古事記の作者は太陽神崇拝と月神崇拝の違いが解からずゴチャマゼにしている。



★表の日本史・古事記では初代天皇は高天原から降りてきたニニギノ命の子孫の神武天皇であるが、神武天皇は架空の存在だと言われるがシュメールの神話のアヌンナキという存在が「天から舞い降りた神々」であり、旧約聖書の神はエロヒムとヘブライ語では記述され、その意味は「天から舞い降りた神々」である。エロヒムは神々であり神ではない。そこを意図的に単一神に変えたのがユダヤ人が信じる旧約聖書であるが、天から舞い降りたニニギノ命の子孫の神武天皇は架空の存在だが、そのモデルはアヌンナキでありエロヒムであろう。しかし旧約聖書に影響されているのは神武という単一神となっており、神々ではないところ。神々を神に変えるのがユダヤ人だが、その点は判断の材料として重要である。



★古事記は世界的な古代神話が元になっている。けして日本固有の神話が元でない。その世界神話を中国人と朝鮮人が改竄してできたものである。中国人とは藤原氏で、朝鮮人とは新羅と百済の天皇と近くの者という意味。古代の中国人と朝鮮人は現代の中国人と朝鮮人とは全く違うだろうが。さて最後に重要な裏の歴史の要(かなめ)を言えば、本当の日本史を解く最大の鍵は、本当の日本史は皇国史観とは全く別の世界で、7世紀に新羅の別号国家・日本を建国したのは朝鮮半島(新羅)からやってきた侵略者の金良琳だったのであり、また新羅天皇を裏から操ったのが唐からやって来た藤原氏であった!ということ。そして日本の起源は日本という国が建国された時の7世紀の後半からで、日本人は日本という国が建国した時から始まる民族。そして倭国と日本は全く別ものであり、倭人と日本人も別の存在である。7世紀の白村江の戦い(663年)の後に倭国が新羅に滅ぼされて新国家・日本が列島に建国されたのだ!日本の始まりは唐(藤原氏)が支配した朝鮮(新羅)天皇の支配構造であり、明治維新は英国が起し英国が支配する長州傀儡政権で、昭和維新は米国が起こし英国系政治家を暗殺し、山本五十六に真珠湾攻撃をさせて太平洋戦争に導き、戦後の日本は米国が支配する米国傀儡政権の自民党政権の戦後日本であるということ。



★桓檀古記をWIKIで調べると朝鮮半島の偽書だと書かれるわけだが、古事記や日本書記を正史としているわけだからそれは当たり前だろう。しかし鷲はシオンの議定書や古史古伝と言われる書物郡の中に正しいことも書かれていると思っている。明らかに間違っているのは古事記と日本書記であり、万葉集が古代日本語で書かれたと思っていることである。シオンの議定書や桓檀古記は裏の歴史書ということで表から偽史評価されても当然だと思っているが、その中に非常に重要な真の歴史が書かれているのだ。



★だいたい古事記に記述される『初代天皇は神武天皇』だと思っているのは飛鳥昭雄のような馬鹿げた妄想家だけであり(右翼もいたかw)、あれは宗教団体に入っているから馬鹿げた妄想を書いているわけだが、一応、正当だと間違って思われている今の歴史家たちでさえも神武天皇は架空の存在だと見ている。鹿島昇の「すり替えられた天皇説」がだんだんとネットでは市民権を得てきているように、初代天皇は金良琳、藤原氏は唐から来た侵略者説はだんだんと市民権を得るだろうwww別に市民権を得なくても良いがwww



★明治維新は19世紀の世界帝国である英国が日本に工作員を潜入させて起きたことで、明治から大正までは英国の属国が日本であった。そして昭和なると突然要人暗殺の昭和維新が起きるのは20世紀の世界帝国の米国の工作員が日本に潜入して起きたものだ。それ以外の要因の神秘的な現象もあるが。日本は世界帝国の属国となるが世界帝国から恩栄を受けるというパターンから見て、7世紀後半に列島は唐と新羅に占領され、当時の世界帝国の唐の藤原氏に最終的には支配された、ということは理解できると思う。



★偽書と呼ばれる書物は正史に対して全く逆の説を書いているから偽書だと言われるわけだが、正史が明らかに間違いだと解かると、偽書と呼ばれた書物の内容に真実があると解かってくる。すでに正史と呼ばれる書物の嘘はハッキリしているのだ。しかし学ばない者は今でも麻原を信じているオウム信者のように永遠に嘘の世界に嵌ったまま死んでいくだろう。






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日本と天皇の起源!そして現代日本政治の源!





★暫く、ツイッター中心で書いていてブログは休んでいたが、これから本格的に復活させて行きたいと思う。まずは、現代の政治の流れを、663年の白村江の戦い、そして明治維新から考え、天皇とは何か?藤原とは何か?吉田松陰が唱えた「南朝革命と現代へのその影響」などを書いていきたい。

★金正恩の母、高英姫は大阪出身。韓国大統領の季明博は大阪出身。そしてなにかと話題になる橋下は、大阪市長である。大阪とは何なのか?そして京都とは。それを知るには白村江の戦いに隠されたことを知る必要がある。



1、天皇は朝鮮半島からやって来て、藤原氏は唐からやって来た

★670年に倭国から日本に国号を変えた理由とはなんだったのか?それをズバリ言えば、倭国が新羅軍に滅ぼされ、新羅軍が日本列島をGHQのように侵略して来て、日本列島を朝鮮半島の新羅の2号国として新興国家・日本を建国したからだ。663年に白村江の戦いがあり、唐と新羅の軍勢に百済と倭国は負ける。これはどんな日本の歴史書にも書かれる。しかし、日本列島を唐と新羅に支配されたということは、どんな歴史書にも書かれない。ここが日本史が一番隠し改竄し誤魔化しているところだ。

★新羅(シラギ)の語源はボルネオ語の「シラヒース」である。シラヒースとは「日の出る所」という意味。日本という国号はこのシラヒースから来る。日本とは「日の出る所」という意味だから。シラヒースの発音からシラギという国名になり、シラヒースの意味から日本という国名になった。7世紀後半、朝鮮半島は新羅が支配し、同時に、日本列島も新羅が支配した。新羅軍に支配され、日本という国を日本列島に建国されたから、670年に倭国から日本という国号に変わったということですんなりわかる。

★新羅は日本列島を支配し、国号を日本に変え、新興国家・日本を建国する。そして新羅の王族の金良琳が日本国の帝王という意味の天皇と名のるのである。これが天皇の始まりであり、初代天皇は金良琳である。金良琳は42代文武天皇ということになっているが、実は、初代天皇である。歴史は権力者の都合よく改竄されるもの。

★そして藤原氏とは「唐から来たもの」である。藤原氏の藤とはトウと発音し、そこに唐から来た者の意味を表現している。663年に白村江の戦いの勝者の新羅が日本列島で天皇となり支配し、唐から来た者達は藤原を名のったのである。これで天皇と藤原氏の支配の謎が、簡単にわかる。


  663年の白村江の役の後、唐と新羅が日本列島を侵略し支配し、新興国家・日本を建国する。そして唐から来た者は藤原氏(藤原の藤とはトウと発音する)となり、新羅の王族の金良琳が天皇を名のり、これが天皇の始まりである



2、天皇は南北朝に分かれるが、南朝は百済系天皇であり、北朝は新羅系天皇である

★日本の建国記念日は2月11日だが、それは紀元前660年2月11日に日本という国が建国されたことになっているからだ。しかしそれは嘘の歴史。通説では日本人は最初から日本人で侵略されたことがないことになっていて、万世一系で2600年以上も天皇は続いていることになっている。しかし朝廷という言葉の本当の意味は【 朝鮮の宮廷 】という意味で、朝鮮人から天皇が始ったことを表現している。天孫降臨とは天から舞い降りた天皇のことで、初代神武天皇から天皇が始ったことになっているが、それも嘘の歴史観である。

★天孫降臨とは「天から地に降りた神々」と言う意味のシュメールのアヌンナキとか、ヘブライ語のエロヒムから取ってきた発想であろう。歴史とは捏造・改竄が普通だ。表面的な通説の歴史をまともに受け取ってはならない。

★今の学説では天皇という称号は40代の天武天皇から始ったということになっている。天武天皇とは新羅の文武王の金法敏がモデルだが、彼は日本列島には一度も来てない。新羅の文武王(金法敏)の息子の金霜林が百済を滅ぼし、九州まで攻めて来て、金霜林の息子の金良琳が天皇と名のり、初代の天皇となった。金良琳は初代天皇だが、天皇は古代から日本を支配していたと歴史を捏造したから、42代の文武天皇となっているのだ。神武天皇から始る天皇の系図は古代朝鮮史から借りたもの。しかしその借りた朝鮮古代史もどっかの国から借りたもので、永遠と嘘が続くのが古代の歴史というものであり、最初から嘘の歴史で、その嘘を何度も権力維持のために修正・改竄・捏造・加筆したのが古事記や日本書紀という歴史書なのだ。

 日本書紀は鎌倉時代まで12回も改竄されていることを知らなければならない!

★古事記・日本書紀は日本の歴史ではない。その証拠は古事記に因幡の白兎という話があるが、白兎は鰐を騙して向こうの岸に行くが、日本には鰐は存在しない。因幡の白兎は鰐の存在する南方の神話だ。古事記や日本書紀の下敷きになった書は舎人親王の【 日本紀 】である。日本紀は唐への報告書として書かれたが、中国の道教の神話から始められ、隋や唐の歴史を盗作して日本の歴史とした。

★古代の歴史には【 隣の国の歴史から盗作する 】というのがある。借史と言われるもの。古事記や日本書紀の歴史は日本の歴史ではなく、朝鮮古代史から盗んだものだが、その朝鮮古代史も唐や隋の歴史から盗み、唐や隋の歴史もどっかの国の歴史を盗んでいる。

  古代史とは非常にイイカゲンなのだ!信じる方がバカである!

★イルミナティカードに「歴史偽造」のカードがあり、シオンの議定書にも「歴史は偽造されるもの」と記述される。日本人で真の日本史を知る者は実は誰もいないのだ!宗教妄想の皇国史観が日本史の中央にドンと居座っているから、その皇国史観に騙された者は「妄想を日本史」だと思って死んでいく運命である。

  大和朝廷なんぞ存在しなかったのである!!あれは記紀の創作妄想にすぎない!

★さて、話を戻せば、学者の世界では「初めて天皇と称した者」は40代天武天皇と言われるが、天武天皇は新羅の文武王である金法敏。その息子の金霜林が百済を滅ぼし、九州に攻めて来て日本を支配し、彼の息子の金良琳が初めて天皇と名のる!まずは、これを何度も言う。しかし新羅という国が内紛・崩壊し、日本に逃亡していた百済の王族が、クーデターを起こし、天皇になる。初めての百済系天皇が50代の桓武天皇である。

  天皇は南と北の南北朝に分かれるが、

    北朝天皇は新羅系

    南朝天皇は百済系  

    北朝系天皇は侵略者が起源

    南朝系天皇は亡命者が起源

    である。



3、7世紀の大阪(難波)は東ローマ帝国の首都コンスタンチノープルを裏返した地形だった!


★大阪は古くは浪速、難波と呼ばれ、室町時代に大阪と呼ばれた。或いは小阪とも。橋下が市長をやっている大阪を追求した時、驚くべき情報が手に入った。7世紀の大阪(難波)の地形は東ローマ帝国の首都のコンスタンチノープルを裏返した地形であり、大阪という漢字には【 反 】があるが、その意味は、【 裏返す 】という意味があるという!!!!

★金良琳が日本にやって来て難波(大阪)に進駐したと桓壇古記の始めに鹿島昇は書く。進駐とは軍隊が他国の領土に入って来て、ある期間留まることを言う。なぜ難波(大阪)に留まったのか?すでに難波が開発されていた都市だったからではないのか?この謎を解くのはかなり難解だ。資料がないから。では、670年に新羅が日本を建国する前の日本列島にはどんな国があったのか?それは


 縄文時代の日本列島の国はわからないが、新羅日本の前に日本列島にあった国

 弥生時代からは

   東表国(トウビョウ国→紀元前7世紀からあるとか、紀元前3500年からあるとの説がある九州の宇佐八番を中心とした1000年の王朝)

   倭国(伊都国→安羅国→邪馬壱国)

 紀元前1世紀から古墳時代までの600年間は

   天の王朝(旧伊勢国→委奴国→東鯷国→秦王国→俀国)



  さらに地球史的な観点で歴史を言えば

   1、ポラールの時代         → 第一の太陽の時代

   2、ヒュペルボレアスの時代    → 第二の太陽の時代

   3、レムリア(ムー)の時代     → 第三の太陽の時代

   4、アトランティスの時代      → 第四の太陽の時代

   5、アーリアの時代         → 第五の太陽の時代(今の時代)


   今は地球史的に言えばアーリアの時代(地球第5サイクルでアステックカレンダーの第五の太陽の時代)である。縄文からはアーリアの時代であると思われる。

★話を7世紀から8世紀に戻せば、8世紀初頭からの奈良時代とは新羅天皇が日本列島を支配した時代である。しかし、朝鮮半島の新羅国が内紛などで力を失い、百済の王族・文鏡の子が、藤原京を根拠とする秦氏と組んで、新羅天皇勢にクーデターを起こし、天皇の地位を奪いとる。そして桓武と称したのである。これが50代桓武天皇である。

★そして桓武天皇は古来の史書を焚書して、「日本書紀」「続日本紀」「新撰姓氏録」「万葉集」などの一連の偽造文書を創作して歴史偽造を完成させたのである。

★奈良時代の初頭の710年に平城京に遷都するが、この平城京とは今の北朝鮮の平壌のことであり、古代の難波に羅城が建設されるが、羅城とは【 新羅城 】のこと。平城京と難波の羅城が、古代日本が新羅に征服された証拠である。

★そして平安時代とは新羅天皇から百済天皇に変わったから長岡京と平安京に遷都したということ。天皇は起源から、激しい戦いがあり、けして万世一系ではない。しかし歴史を捏造することにより、天皇が古代から永遠と続いているかのように小細工しているだけのことである。

★難波(大阪)と東ローマ帝国首都のコンスタンチノープルの関係、京都とは何か?などはまた後で書くことにするが、7世紀から8世紀にかけて天皇の出現と被差別部落は同時に出来たと考える。白村江の戦いの敗北者が被差別部落民となり、大阪とその近辺にゲットー(被差別部落)が出来、逆に、京都は白村江の勝者、或いは天皇となった百済王族と藤原の都であったのだろうと、思っている。その話はかなりの調査が必要なので今は飛ばし、次に、明治維新に関してに行く!!



4、すり替えて明治天皇になった南朝天皇は戦争用のキリシタン天皇だった!


★幕末の若き英雄達がこの国を近代国家にするために、暗い封建制度の江戸幕府を倒す戦いをして勝ち、欧米と並ぶ立派な日本になったという間違った歴史観により、橋下と石原の【 日本維新の会 】が、今、連日テレビに出てくるわけだが、その司馬遼太郎あたりの妄想歴史こそが事実とは全く違う最低最悪の歴史観であり、その暗黒歴史観を捨てない限り、日本は第三次世界大戦にハマッテ行くだろう。そのことを書いていきたい。

★19世紀、英国ロスチャイルドは、インド・中国・日本と、次々に植民地国家として行った。明治維新とは日本が英国ロスチャイルドの植民地国家にされたことである!


 【 洪秀全の清(中国)でのクーデターは失敗し、長州の売国奴達の日本でのクーデターは成功した!! 】

★英国(ロスチャイルド)が他の国を植民地にしていく手法は、角田美代子軍団が平和な家族を支配していく過程と驚くほど似ている。角田美代子軍団は平和な家庭に因縁をつけ、その家族の中に入り込み、家族を暴力で洗脳し、分裂させ、家族同士で殴りあいをさせ、角田につく家族を味方引き入れ、角田に敵対する家族を殺し、家族の何もかもを手に入れる。この手法が明治維新でも同じあるのだ。

★明治維新は1853年に米国のペリーがやってきて日本に因縁をつけて、入り込む。そして反幕府の秘密結社を創る。そのメンバーは坂本龍馬・五代友厚・大村益次郎・伊藤博文・井上馨・伊藤博文・西郷隆盛・大久保利通・木戸孝允・岩倉具視・後藤象二郎など。

★そしてロスチャイルド系武器商人は幕府と反幕府に武器を売り、戦争をさせる。そして時を見て、幕府側を倒し、反幕府側の長州にロスチャイルドの傀儡政権の明治政府を創らせ、日本を支配したのだ。

★さて明治維新はペリーがやってきた1853年から1868年の間だが、清(中国)では1850年から1868年の間に洪秀全という男の「太平天国の乱」があった。これは英国(ロスチャイルド)が清を支配しようとして、工作した事件だが、洪秀全のクーデターは失敗に終った。

★この太平天国の乱で注目するところは、ロスチャイルドというイシヤは、【土俗宗教+キリスト教】の混合の新興宗教を創作して、国を支配しようとするところだ。洪秀全の新興宗教は中国の【土俗宗教とキリスト教】を合体したもの。

★この【土俗宗教+キリスト教】は、明治維新の時、大室寅之祐を明治天皇とする天皇教(国家神道)でも同じである。明治からの新興宗教の天皇教は【日本古来の神道の偽装+キリスト教】であるから。日本古来の神道は八百の神々の多神教だが、明治維新の国家神道は、現人神の天皇を唯一の神(ゴット)とする一神教であった。

天皇陛下万歳と叫んで死ぬことは、イエス・キリストのために死ぬ、キリスト教から獲ったメシア主義の変形であろう!!

 明治維新の時にロスチャイルドと伊藤博文によって創作された国家神道は戦争用のキリスト教が本質だったのだ!!
  





 【 吉田松陰と南朝革命 ~~現代までのその影響!! 】

★今日は2012年12月17日。昨日、衆議院選挙があり、自公で320議席超を取り、平和憲法の9条変え、徴兵制・国防軍を創り、天皇教を復活させ、軍国教育をして、中国や北朝鮮と戦争をするかもしれない。しかし今回の選挙は明らかに【 不正選挙だった! 】が。不正選挙については、私の12月16日のツイッターで詳しく書いたので省略。

★さて、次の総理である安倍は山口県出身である。山口県は長州であり、松下村塾のあったところで吉田松陰が先生。吉田松陰とは、上・中・下の【 中の位の忍者 】である。松蔭の弟子の伊藤博文は下位の忍者である。忍者とは何か?は省略として、吉田松陰の【 思想 】を書いていきたい。

★吉田松陰の思想は3つある。

  1、天皇を新羅系天皇(北朝)から百済系天皇(南朝)にする南朝革命!

  2、民族主義と侵略思想

  3、部落解放!

★上の三つの松蔭の思想を考えれば、吉田松陰を尊敬している安倍首相(予定)の次の行動がわかる。特に2の侵略思想が安倍首相の考えに思われる。吉田松陰の思想は明治からの大日本帝国が体現したものである。しかし南朝革命は単純に実権を奪取するための泥棒が自己の正統性を言う屁理屈のように思える。また民族主義と侵略思想の元々はイシヤから洗脳された思想ではないのか???部落解放は、平等主義から来る階級闘争、下克上である。この部落解放こそが左翼の元型である。

★吉田松陰の三つの思想を考えれば、彼が現代の右翼と左翼と天皇教の元型であると考えられる。彼の思想が独自のものか?そこに興味があるが、それはたぶん、外国(イシヤ)が来た思想を自分のものにしたものだろう。

★特に2の吉田松陰の民族主義と侵略思想に注目だが、それは以下です。

 【 富国強兵し、蝦夷(北海道)を耕し、満州を奪い、朝鮮に来り、台湾を併せ、然るのち米国を砕き、ヨーロッパを折らせば事克たざるにはなからん 

★以上のように、明治以降の日本の民族主義と侵略思想(右翼)の元祖は吉田松陰である!と同時に部落解放という左翼の元祖でもあり、明治以降の天皇教(百済系を天皇にする=南朝革命)の元祖が吉田松陰であるのだ!



5、  12,16衆議院選挙の原点は第一回普通選挙にある!

★日本の第一回普通選挙は1928年2月20日に行われた。この時の戦いは、

  1、中国と戦争を!と主張する田中義一総裁の政友会

  2、中国と友好を!と主張する浜口雄幸総裁の民政党

  この二大政党の戦いであった!

★結果は中国と戦争すると主張する政友会が217票、中国と友好の民政党が216票で、1票差で政友会が勝った。選挙後に田中義一総裁は治安維持法を強化して左翼を弾圧し、1928年6月に関東軍が張作霖爆殺事件を興し、日中戦争に入っていく。


★さて、戦後の日本の政治は長く自民党一党独裁であったが、その中に

   1、米国系の清和会

   2、日中友好の経世会

   この二派閥の戦いとなった。経世会は田中角栄を代表とする。

★今回の2012年12月16日の衆議院選挙の争点は

   1、原発推進の自民党・維新 → 政友会、清和会の流れ(安倍、石原)

   2、脱原発の日本未来その他→ 民政党、経世会の流れ(小沢)

   である。

★つまり今回(12月16日)の衆議院選の戦いは、第一回普通選挙の構造と変わってないのである!ということは、安倍政権となった時、再び、日中戦争が始るかもしれない!?


6、  5,15と2,26事件で日本は米国に支配され、象徴天皇の構想はOSS文書に公開されている!

★明治維新とは英国ロスチャイルドが日本を奪ったことだが、そのロスチャイルドの日本をロックフェラーが暴力で奪い取った事件が5,15事件と2,26事件である。

★昭和初期に青年右翼がその当時の政財界の要人を暗殺事件が、5,15と2,26事件だが、殺された政財界の人物、団琢磨、井上準之助、原敬、犬飼毅、高橋是清などは、全て三井の系統、つまり、ロスチャイルド系の人物だった。だから、この5,15と2,26でロス系の大物・政財界要人を暗殺して、ロスチャイルドからロックフェラーに日本のオーナーは変わったのである。

★そして日本をロックフェラーが奪い、奪い取った日本に命令して真珠湾攻撃をさせる。真珠湾攻撃の司令官の山本五十六とはロックフェラー系の秘密結社の者である。

 つまり日本は負ける予定で、米国と戦争したということ!

★真珠湾攻撃は1941年12月8日だが、その半年後の1942年6月のOSS文書(戦略情報局)の【 日本計画 】という文書に、戦後の日本の【 象徴天皇制構想 】が書かれていることでわかる。そのOSS文書{ 日本計画 】はアメリカ国立公文書館で公開されているのだ!

殆どの日本人は太平洋戦争の時に、日本人は一丸となって米国と戦ったと思っているが、実は、日本と米国の支配層は同じ秘密結社に入り、同じ命令系統で動く仲間だったのである!!!

★そして明治維新をしたロスチャイルド系統の政党が【 親中国 】となり、昭和維新をしたロックフェラーの政党が【 反中国(米国追従) 】となっている。それが今の日本の二大政党となり戦っている!


  ロスチャイルド系 → 親中国の小沢 = 経世会系

  ロックフェラー系 → 反中国(米国追従)の安倍、石原 = 清和会系

  この二大政党が、今の日本の政治である!イシヤのAとBのチームであるが。





7、歴史研究は果てしない。次に太陽神とハネムーン!行く!


★さて、日本の起源、天皇の起源、明治維新、昭和維新、そして12月16日の選挙について語ってきた。誰も知らない「日本の起源」であり「天皇の起源」を語ったと思う。実は、それを追求すると果てしない探求になるので、これで、一応、終ることにする。

★次は、【 ゲーム 】について語ることにしよう!

 

  



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日本史を解読する鍵!



★今回は5つをテーマに書いていきたい。


 1、初代天皇・金良琳

 2、アーネスト・サトウと明治維新

 3、太平天国の乱と明治からの新興宗教である天皇教

 4、出口王仁三郎と二発の原爆

 5、竹田恒泰は新カルト天皇教である!



実は日本人の誰も本当の日本史を知らない!受験日本史やNHK日本史は明治からの偽史である皇国史観を土台にした「今だけ通じている共同幻想」にすぎない。さて、真の日本史を知る第一の鍵は、


  1、倭国からどうして日本という国に国号が変わったのか?

  2、40代の天武天皇からどうして天皇という称号が誕生したのか?


★まずこの2点を挙げて起きたい。







1、初代天皇・金良琳(キンリョーリン)


★「金良琳」でグーグル検索すると鷲が1位であるが、それは鷲だけが云っているオリジナルではなく、鹿島昇の1980年代の本から借りた発想である。初代天皇は神武天皇である!と多くの人は思っているが、天皇という称号が使われたのが40代天皇の天武天皇から!というのが現代のあまりにもアタマの悪い歴史学者でさえ云っていることで、天皇の称号の前は大王と言っていた!ということになってきている。表の間違った日本史でもね。

検索結果「金良琳」 DuckDuckGo   Yahoo(google)


★紀元前660年2月11日に神武天皇が日本を建国したことになっているが、それが皇国史観というフィクションの妄想歴史のこと。だいたい紀元前660年に日本という国号の国はなかった。日本という国号の前は倭国であった。日本という国号の前は倭国であったことは誰でも知っていると思う。



皇国史観とは新興宗教レベルの世界にすぎず何も物的な証拠はなにもない。捏造した証拠を創りだすことはするが。神武天皇が存在した物的な証拠は何もないが『 信仰 』があるだけのこと。さて長くなるので短めに書いていく。



★663年に白村江の戦いがあった。唐と新羅の連合軍VS百済と倭国の連合軍、の戦いである。そして唐と新羅が勝利して、百済が滅亡した!までは教科書にも書かれるが、新羅の王族が百済を滅亡させた後に朝鮮半島を支配し、次に列島に上陸して倭国も滅ぼし、金法敏の孫である金良琳が列島に日本という国を建国して、自ら天皇(帝王という意味)と宣言して、初代天皇となる!という話は鹿島昇とその弟子の本にしか書かれてないが、鷲はそれは真実だと直感している。



★金良琳とは42代天皇の文武天皇こと。そして40代天皇の天武天皇とはフィクションであり、その実体は新羅の文武王のことである。フィクションの皇国史観とは違い、初代天皇は朝鮮半島からの侵略者の金良琳であった。



★そして倭国を滅ぼし、新羅の王族の金良琳が天皇となった時、列島に天皇という称号が誕生して、列島は倭国から日本という国号に変わったのである。日本という国号の字源はボルネオ語のシラヒースという言葉からくる。その意味は「日の出る所」。新羅のシラギ、シンラという発音の言葉はシラヒースの発音から。そして、日本と云う国はシラヒースの意味を漢字にしたところから来る!日本とは新羅の別号国家で、白村江の戦いの後、新羅が朝鮮半島と日本列島を支配した!ということである。が実質的に天皇を操り日本を支配したのは「唐から来た者」という意味の名である『 藤原氏 』であったが。この事実を隠すための明治からの皇国史観というフィクション歴史であったのだ!



★日本人は初代天皇は神武天皇です!という嘘を信じることから、間違ったデーターを受入れた人生が始まるので、それを直すために、簡単に初代天皇のことを書いた。







2、アーネストサトウと明治維新



★明治維新とは、『 鬼が支配 』し世界から独立していた江戸幕府が英国に倒されることだが、大きな目で見ればそれは悪いことではなかったと思っている。英国に支配されたことで、日本は英国文化を吸収して世界的な軍事&文化の大国になったし、その成果で1930年代からのアジアの奴隷解放のための大東亜戦争が出来るほどになり、欧米列強に奴隷支配されていたアジア人を解放して独立させることができた。



★鬼が支配する江戸幕府体制の限界が来たところでドイツ人のシーボルトが来て、明治維新の裏の真打の英国のアーネストサトウが来たのは「日本の運命」であろう。



★アーネストサトウは英国の外交官だが、討幕派と幕府側の両方とつきあっていた。その当時の幕府の考えは、死んでいた天皇(形骸化された日本の王)を蘇らせて、幕府と合体して(公武合体)、再び鎖国政策で世界とツキアウ計画であったが、サトウはそれを許さず、薩長に軍事クーデターを隆起させた。



★で、明治維新となった!ということ!








3、太平天国の乱と新興宗教天皇教



★日本の幕末はペリーが来た1853年から1868年まで。そして清で起きた太平天国の乱は、1851年から1864年までである。



  日本の幕末と清の太平天国の乱は、あまりにも時期が合致している!



太平天国の乱を考えると1995年に地下鉄サリン事件を起したオウム真理教の本質も見えてくる



★太平天国の乱とはイエスキリストの弟を自称する洪秀全という男が中国の土着宗教と合体した新興カルト・キリスト教を創作して、清政府に不満の者達を信者にして、清政府や外国勢力と激しく戦った乱である。



★この太平天国の乱という現象で興味深いのは、清の中に新興宗教という別の王朝を創りだしたことで、その清の中の別の王朝が清の大衆を大勢信者にして、清政府と戦ったことである。太平天国は欧米も敵にしていたが。



鷲がこの太平天国というカルトを知った時、麻原のオウムが上九一色村でサティアンを創ったことや、五井野正が「ふるさと村王国」を言う、本当の意味を知ったと思った



つまり日本という国の中に『 別の王国を建国 』させる。そしてその王国の住民は日本国への反抗者ばっかりだから、いずれ、『 別の王国 』と『 日本国 』との戦いとなる



その元型が太平天国の乱だった!ということ。もちろんそれは(別の王国)外国勢力が主導している。



さて、明治維新で江戸幕府が倒され、明治天皇を現人神とする新興宗教国家が出来る。でも、昭和天皇が1946年1月1日に「人間宣言」するので、その現人神は嘘神だと今では簡単に解かるが



つまり、清で起きた太平天国の乱は、清を支配するところまで行かず、14年間の乱で終わったが、英国ロスチャイルドとイエズス会製品の明治の新興宗教の天皇教は78年間も日本列島全体を支配したのである!






4、出口鬼三郎と二発の原爆



★長年、鷲はネットを観察している。チョッと前、ネコタという大本教の親に反発する女がいて、その精神は社民党バカ女の何でも反対にすぎないが、しかしながらその女に影響されたバカがイッパイいて、鬼三郎や大本教を否定をする者が多く出た!という現象があった。



★鷲は大本教の信者ではないが、オウムや五井野正教のようなイエズス会系とは違って、出口鬼三郎と云う名自体に教えがあると鷲が見ている。『 出口は鬼しかない 』、その鬼を鷲はバアルとか目玉親父と言っているわけで、我々の中に居る太陽神のことである。



空海は内なる鬼を胎蔵界の大日如来と表現した!



反戦平和というイエズス会の騙しの言葉に騙されている限りは、出口鬼三郎は見えない



★明治維新で新興宗教天皇教というイエズス会が日本を支配した。イエズス会系の逆存在(裏)の鬼の陣営が『 別の王国 』を建国したのが大本教である!



 1、清の中にイエズス系カルトの太平天国を造って清を乗っ取ろうとする!


 2、イエズス会天皇教の日本の中に鬼の王国を造って日本を乗っ取ろうとしたの鬼三郎!




イエズス会天皇教は鬼三郎に2回の弾圧をしたが、その逆襲で、広島と長崎という日本イエズス会の聖地に原爆が落ちる。二発の原爆は鬼が米国を使っての逆襲だったと鷲は見る!広島と長崎の原爆は、日本に落ちたのではなく(3次元の日本に落ちたが)、日本の中のイエズス会の聖地に落ちた!のだと鷲は考えている!







5、竹田恒泰は新カルト天皇教である!


★竹田恒泰にはあんまり興味がなかったが、日曜の午後1時30分からやっている「タカジンのそこまで言っていいんかい」を毎週見ているので彼の考えはなんとなく解かっているような気になっていたが、興味がないので彼を検索したことはなかった。



★しかしある時、彼が古事記や日本書記という記紀の一字一句を盲信していることに気づいた。それでもタレントのような存在だと思っていたが気にしたことはなかった。



★聖書や記紀を一字一句信じているタイプは宗教のタイプである。探求者なら、聖書や記紀について書かれた情報を集めて、その真相を探りあてるはずであり、全く疑問を持たず探求もせず、「聖書は正しい」「記紀は正しい」というタイプの人間は、いずれ探求者の一言で信仰の世界が崩壊することになる。



竹田恒泰は飛鳥昭雄と同じレベルで、記紀を盲信する宗教のタイプである!と見た。そして彼は天皇教というカルトを広めようとしてる。1946年1月1日に昭和天皇は「人間宣言」したはずだが、また、人間から神に戻す運動を彼はやっているような感じである。そこで初めて、昨日から竹田恒泰をチョッと検索しいた。すると以下の内容が出てくる









ニセ皇族という言葉が出てくるが、かなり前から鹿島昇から来る「天皇すり替え論」をネットで広めていた鷲から見ると、明治天皇から新興宗教の天皇教だし、戦後の象徴天皇は米国の戦略情報局のOSSが創作したもので、その公式文書は米国国立公文書館で誰でも見れるし、初代天皇は新羅の王族の金良琳だし、北朝とは新羅系天皇だし、南朝とは百済系天皇のことだし、いまだに天皇が神聖だと思っていること自体が笑ってしまう、という感じに鷲はなっている



竹田恒泰の浅はかさは、記紀と格闘しないで、簡単に記紀を盲信してしまったことだ。現代の天皇系の基本書は「古事記」「日本書記」「続日本紀」「新撰姓氏録」「万葉集」などだが、それは百済系(南朝)の第50代の天皇の桓武天皇が、クーデターを起して政権を奪取した時、それまでの古文書の多くを火で燃やしたり、改竄したりして、「俺様が由緒正しい伝統を受け継いだ偉大な天皇だ!」と云いたいための歴史偽造のための書物群であったのだ!



★だいたいにして、政権が北朝系から南朝系に変わったり、南朝系から北朝系に変わったりすると、それまでの古文書を燃やしたり、改竄したりして、「俺様が由緒正しい天皇である!」と歴史を改竄、歴史偽造する(偽装書物郡を創作して)のが普通であり、権力による歴史の改竄は古今東西、全ての権力がやっていることである!だからいまだに「歴史認識」が問題となっている。



★だから真の歴史を知る者とはシャーロックホームズ並みの知性が要求されるのである。そしてホームズのように謎を解明する者がグノーシス主義者である!



竹田恒泰に感じることは、オウムがサリン事件を起した時にテレビに出てきた、30歳前半だった頃の上祐である。本質的に、あの頃テレビに出てきた上祐と竹田恒泰は同じレベルだと思う!





この地図は1626年です。今までアタシ達が使用してきた地図や。。教わった歴史。教わってきた科学的な事も。多くの事が間違いなのでは??

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Ana*
@Ana_____aaa
おはようございます。この地図は1626年です。今までアタシ達が使用してきた地図や。。教わった歴史。教わってきた科学的な事も。多くの事が間違いなのでは??この地図を知る事で。多くの闇に気づきませんか?それと同時に進む方向が見えませんか?
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2009-12-26-03
(1)メソポタミアと小アジア。



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こんにちは、縄文顔です真顔

 

縄文展@トーハクの続き、<縄文時代中期と同時期のユーラシア各地の土器>をまとめます。

また無駄に長いヨ…orz

 

 

 

 

 

縄文中期にあたる紀元前3000年~2000年頃は、温暖な気候で、環境も比較的安定していた時期晴れ

人口はピークを迎え、文化も成熟、土器や土偶の造形にも力を注げられたと考えられています。

 

THE 縄文!といった火焔型土器メラメラが広まったのもこの頃。

立体的で一際ダイナミックな装飾は、暮らしの豊かさの表れでもあったのかもしれません。

 

 

《火焔型土器》伝新潟県長岡市馬高出土、東京国立博物館蔵

 

 

同じ頃、ユーラシア各地ではどのような土器が作られていたのでしょうか。

本展の第3章では、中国、インダス川、メソポタミア、南ルヴァント、エジプト、キプロス・アナトリア、バルカン半島、アルプス周辺の土器が紹介されていました。

 

※掲載できる画像がないため、参考画像としてWikimedia Commonsより同種または同時代のものを引用します。

 

 

 

中国:馬家窯文化の「彩陶」

 

中国では、実用と装飾を兼ね備えた、彩色ある土器「彩陶」が作られていた。

約5500年前に黄河上流域で栄えた馬家窯文化の代表的な土器。

 

陶器表面にの顔料で様々な文様が描かれている。

土器の下部分に文様がないのは、低い場所に置いて使われたからと考えられる。

 

水か食料の保存に使われていたとされる彩陶壺みずがめ座

 

 

長音記号2似ている文様長音記号2

 

限られた色彩で渦巻きや波模様を大胆に配した彩陶のデザインは、ミノア文明の土器を連想した。

彩文ではないが、日本の縄文晩期の土器№39(滝沢川原出土、文化庁蔵)にある波文様などにも同様に感じられた。

 

ミノア文明土器 紀元前1600年-前1500年頃

古代エーゲ海のミノア文明は、縄文中期と同時期~もう少し後。

 

他にも似たような文様を描く文化はあったと思う。

世界各地で共通する文様から何が見えるか、掘り下げてみると面白そうニコニコ

 

 

 

 

インダス川:絵画的絵付けの彩文土器

 

この時期のインダス文明でも、彩文土器が作られているが、動植物や幾何学模様など、より絵画的で可愛らしい絵付けが特徴的(特にバローチスターン地方)

まんまる目の山羊など、目の描き方がインパクトある目

 

 

前2700~前2000頃、盛期ハラッパー文化期の壺

 

 

 

メソポタミア:実用的な大量生産製

 

既に複雑な都市社会が発展していたメソポタミアでは、規格化され、ろくろで大量生産されたシンプルで実用的な土器が使われた。

 

 

トーハク公式サイトに展示品の画像あり。

画像は東京国立博物館公式サイトよりスクリーンショット

 

 

 

 

南レヴァント:彩文、磨研土器

 

都市社会の前段階にあった南レヴァント(現イスラエルパレスチナ、ヨルダン)では、彩文土器磨研土器が特徴的。

 

 

※画像がないため、参考サイトをリンク。

リンク→oThe Southern Levant (FARLI Ancient Pottery Database)

リスト内Early Bronze AgeⅡ~Intermediate Bronzeが同時期に相当

 

 

 

 

エジプト:大量生産された日用品

 

ファラオを頂点とする社会が形成されていたエジプトegyptian

当時から優れた工芸品を作っていたが、土器は規格化・大量生産されたシンプル且つ実用的な日用品であった。

 

 

 前2400年頃、エジプト古王国時代の土器

 

 

ツボ土器を作る人ツボ

 

ところで、縄文文化の土器作りは女性の仕事だったとされるが、他の地域ではどうだったのだろう?性差による造形の違いなどはあったのかな?

大量生産化されていた地域では、土器作り専門の職人がいたということだろうけど、どんな人がどのように作っていたかも気になるところニコニコ

 

 

 

キプロス、アナトリア:商品価値の高い磨研土器

画像上がアナトリア、下がキプロスの地図

 

 

海洋貿易で結ばれた地域のキプロス島とアナトリア(現トルコの大部分)では、形が特徴的な磨研土器など、商品価値のある土器が作られた。

 

前3000年頃アナトリアの黒い水差し

 

 

その他

バルカン半島(ヨーロッパ)では、青銅器作りが始まっていたが、押圧文装飾の伝統的な土器作りも続いていた。

アルプス周辺では、厚手の粗製土器が作られた低燃費少女ハイジ

 

 

 

 

…などなど。

 

これらと比較する限り、縄文中期の火焔型土器はなかなか特殊な造形に感じられます。

なぜこうしたデザインが生まれたのか、諸説ある中、このような記事を見つけました。

 

 

リンク→ofile-107 国宝・火焔型土器はアートか?~縄文文化を探る旅(前編)

 

 

それによると、鍋としても使われていた用途の違い崇拝の意味合いが含まれていたためではないか、とあります。

 

「世界の四大文明では土器は単純にとして用いられていましたが、日本の縄文土器は煮炊きをする鍋として用いられていました。深鉢形土器の下部に比べて上部が大きく張り出しているのは、煮炊きのふきこぼれを防ぐために考案されたのではないかという人もいるので、機能性も考えられていたかもしれません。火焔型土器は芸術性と実用性の両面を持ち合わせているのではないかと言われています」

(中略)

「土器で調理すると、固い物が柔らかくなり、あるいはアクが抜けて、食べられなかったものが食べられるようになります。そのときの感謝や土器のもつ不思議な力を装飾で表現したのかもしれません。土器は単なるモノではなかったのでしょう。現在でも調理容器を擬人化して、その部位を口や胴などの言葉で表現しますが、似たような感情は縄文人の方が強く抱いたのではないでしょうか。縄文人にとって、土器は単なる調理容器を越えた存在で、それゆえに過剰に装飾されたのではないでしょうか」

 

 

以前に、日本の焼き物には古くから聖性や深い精神性が込められていると知って驚いたことがありますが、そうした思い入れは、もしかしたら縄文時代から受け継がれてきたのかなあ。

 


そして次なる弥生時代、稲作による社会の発展は、土器の造形に「機能美」という変化をいっそうもたらしていきましたとさ米

 

以上、土器土器ワクワク縄文展でございました。

 

 

ではでは~もいもいメラメラ

 


カテゴリ:
怪しいけど、情報の1つとして保管。もう世界中でこういう組織(1%族)はいらない気がする。

Mr.Nさん
2021/4/20 2:44
https://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q12241995137
裏天皇と言われている結社の八咫烏ってどの様な組織ですか??

tyranさん
2021/4/20 7:10
八咫烏の頭領「大烏」は、某雑誌のインタビューに「秘密」を明かしております。

「伊勢神宮:内宮」で祭られているご祭神「天照大神」の正体は「イエス様:イエス・キリスト」であり、「奥宮」の「伊雑宮:いざわのみや」では、イエス様の弟達が日本まで持って来た「罪状書きの看板:ナザレのイエス、ユダヤの王とラテン語・ギリシャ語・ヘブライ語で記された、磔刑の時に十字架に取り付けた看板」がご神体として祭られていると告白されます。

「伊勢神宮:外宮」で祭られているご祭神「豊受大神」の正体は「青銅の蛇」であり、西暦500年頃、古代ローマ帝国が崩壊して、隣国からの侵攻を恐れた「ユダヤの十支族」が東の国「日本」を目指してやって来て「外宮」を建立しました。

「ご神体」は「青銅の蛇」で日本で造られましたが、「旧約聖書」の「出エジプト記:申命記」に記されております。

「豊受大神様」は、「天照大神様」の食事係と伝えられますが「青銅の蛇」も、「申命記」にて「食事:食べ物」と関係のある話が記されております。

「八咫烏」は、この「青銅の蛇」を「巳さん」と呼んでおります。

また、彼らには「戸籍」が無く、存在しない人間として生まれて来ます。勿論「幼稚園・小学校・中学校・高校・大学・大学院」等も一切関係なく、「教育」は「八咫烏の教育係」がマンツーマンで教え指導します。

「八咫烏の伝統」は、本来「門外不出」であり秘密を漏らす者は消されて来た経緯もあります。

しかし、彼らの「期待:夢」は、イエス・キリストのアドバント「来臨:再臨」であり「天岩戸」が開かれることを望んでおります!

ゆえに、某雑誌の「インタビュー」に応えて、八咫烏の秘密を明かされた訳です。「アドバント」は、期待されて来た。

私個人としては、ご出現されるのは「イエス様」というよりも「天の父:ヤーウエ様」と考えております。「人の姿」をされた「主」。「永遠の命」を与えて許してくださるのは「天の父」のみです!

「イエス様」の使命は、「アダム/イブ」から「イエス様」までの「人類の罪」を洗い清めることで、それは「磔刑」にて殉教され、血が流されたことで完了されております!さらに「罪人」ではないので、他の「罪人」と区別させるために、埋葬から三日後に「復活」させました。「罪人」は、復活を許されません。

「イエス様」は、今後とも「天国」から人類を見守られて行かれます。



カテゴリ:
悪魔崇拝1%族がユダヤ人のフリをして、日本の天皇をこうやって乗っ取ろうとしているのかもしれない、と警戒しつつ、情報保管。

nar********さん
2010/4/24 20:12
https://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1039915930
イルミナティとかの新世界秩序(NWO)は日本に何か恨みでもあるんですか?
彼らが創価学会、民主党、統一教会とかの反日どもを操ってるらしいですが日本に何か恨みでもあるんですか?政治家たちは彼らの支配下に入ってるのにですよ?彼らが韓国が好きという訳でもなさそうですし。彼らの資金も日本のお陰らしいですし。それなのに日本を反日どもに食わせてるのがよくわからないのですが。

それに皇室がイスラエル王家の末裔だという話もあるんですから、天皇が治める日本を好き勝手させてるのがよく分かりません。何かメリットでもあるんですか?

ベストアンサー
kob********さん
2010/4/27 0:49
私個人の考えで恐縮です。
いわゆる現在のユダヤ人と、古代イスラエルにおけるユダヤ人(ヘブライ人)は人種が違います。現在ユダヤ人と言われている人たちは、9世紀から11世紀にかけて繁栄したハザール王国の人たちです。この中でも東欧系、ロシア系など別れてくるのですが、ここではこれら全体をハザール人としてお話しいたします。

ある日、国王は国の宗教を「ユダヤ教」に改宗してしまいました。理由はよくわかりません。神のお告げでもあったのかもしれません。ここから、白人のユダヤ人が始まりました。

大方の予想では元々のユダヤ人はアラブ人のような顔立ちの人だと考えられています。つまり、「ユダヤ人」という定義は、人種ではなく、「ユダヤ教」を信仰しているかどうかにある訳です。

日本と古代ユダヤの関係はおそらく否定できないと思います。「世界のたけし」の番組でも何度か取り上げれていましたが、古代ユダヤの文化遺産が日本には数多く残っています。言葉や漢字にも残っています。

たとえば、みなさんが毎日使っているであろう「マナ板」の語源は、預言者モーゼが仲間を従えて彷徨っているとき、食べ物に困ったモーゼが神に祈り「マナの壺」を神から受け取ります。マナの壺からは食べ物が、打ち出の小づちを振るかのように次々に出てきます。それを仲間に切り分けるために使った板の事を「マナ板」と言います。

そしてマナの壺から出てくる神様から頂いたご馳走の事を「マンナ」と言います。乳幼児向けの森永のビスケットに「マンナ」ってありますね。仁徳天皇陵のあの形は「マナの壺」です。

敗戦後の日本に降り立ったマッカーサーは、一番初めに仁徳天皇陵に向かったと言われています。そこで、何を見たのか、何を回収したのかはわかりません。私の推察ですが、多分「アーク」を探しに行ったのだと思います。が、見つからなかったでしょう。

アークは剣山か、伊勢神宮の内宮の地下に眠っていると言われています。でも、そんのものは初めから存在していないかもしれません。

いずれにしても、日本が古代イスラエルの末裔だという事を、彼らは知っていたという事です。

話は飛びますが、「竹内文書」というのをご存知でしょうか?古事記より少なくとも300年は前に書かれているとされている古文書ですが、現在は「インチキ」の烙印を押されています。内容は簡単に説明しますが、「天皇は世界を統治する天皇であり、キリストは日本で修業した」みたいな内容です。「西にキリスト教の国がある」という記述もあるそうです。

これをもとに宗教的な解釈を付けると、古代イスラエルの末裔が日本なのではなく、実は日本が発祥で日本から西へ流れたことになります。つまり、地球人類の発祥は日本であったという事になるわけです。これの存在を知っていたGHQは没収し、処分したと伝えられていますが、一部はかろうじて残っているようです。

彼らは自分たちこそが神とのちぎりを交わしたユダヤ人と思っている訳で、そこに本物のが登場されては困るのでしょう。まして自分たちが、この世から抹殺したいくらいの黄色の人種が、実は本当のユダヤ人ではね。

日本人に対しては「恐れ」があるのだと思います。日本人が覚醒してしまわぬうちに、抹殺してしまいたいのだと思います。
まとまりのない話になってしまい、すみません。


追伸
【竹内文書とは】
 ・ 皇祖皇太神宮で保存されている、太古より代々守り続けられてきた古文書と神宝類を含む資料の総称。
 ・ 三千億年前からの世界最古の歴史書。
 ・ 地球と人類の歴史を克明に記した世界最古の文書。
 ・ 神々の子孫が地球上で謳歌していた人類の黄金時代から、大天変地変や大戦争による崩壊と再建の繰り返しを経て、歴史時代に至るまでを記した「大叙事詩」。


【特徴】
 ・ 驚愕すべき歴史書。
 ・ 天皇家が他天体から宇宙船で地球に飛来。日本に世界政府を設置、天皇が世界を統治。日本から世界各地へ移住、五色人種の子孫誕生。等、トンデモ本的な内容。
 ・ 世界的、壮大なスケールの記述が多く、神話的内容も多く、理解できない部分が多数占めている。最新科学によって次第に神話ではなく事実であった可能性が高いと言われ始めています。
 ・ 皇統系譜が『古事記』『日本書紀』のものと大きく異なることや、太古日本を描写した内容があまりにも衝撃的なものだったため、時の権力者から「偽書」という不名誉なレッテルを貼られ、昭和11年起訴された。

【内容概要】
 ・ 内容は原始神の宇宙創成から神々の地球降臨、人類の誕生、二度にわたる超古代文明の興亡を伝える。
 ・ 全体は大きく四つの時代に分けることができる。
 ・ 神の誕生から、宇宙の創成・世界人類文明の発生展開~日本皇統の始まりに至るまでを記す壮大な内容。


宇宙人アヌンナキ。とかげ人間レプティリアン、人類レムリアン、日本人ドラゴニアンは宇宙人によって作られた?

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【宇宙人】アヌンナキとレプティリアン 人類は宇宙人によって作られた?
https://fieasia.net/archives/10454
ae434aab7e6ba1c60fcb013f6cb38921
あなたは人間を作ったのはどんな存在だと思いますか?人によっては人間を作ったのは神だと答えるかと思います。ですが最近になって衝撃の説が登場しているのをご存知でしょうか?

それは人類を作ったのははるか遠い宇宙から地球にやってきた宇宙人。その宇宙人こそがアヌンナキ。
アヌンナキは地球に訪れてレプティリアンと人類を作りました。今回はアヌンナキとレプティリアン、人類誕生についてご紹介します。

https://youtu.be/KuRyoPa8Eu4


アヌンナキ
人類最古の文明は紀元前3800年ごろに栄えたとされるシュメール文明。彼らの文明は非常に高度で現代文明以上の科学技術を持っていたとされます。そしてシュメール文明はどこからともかく急に栄えたのです。まるで超高度の文明を持った生命体によってテクノロジーを授けられたように。

彼らにテクノロジーを与えたのがアヌンナキ。アヌンナキとはシューメール神話に登場する神々の集団。神話においては神とされていますがその正体は惑星ニビルから来た宇宙人なのです。惑星ニビルは太陽系10番目の惑星で3800年の周期で太陽を公転しています。惑星ニビルの文明は地球の3000年以上もの先の文明を持っていたようです。


今から45万年前。惑星ニビルでは核戦争が勃発しました。そして惑星の環境が破壊され惑星ニビルには有害な宇宙線が降り注ぐようになってしまったのです。このままでは滅亡してしまうと考えたアヌンナキは解決策を考えました。

その解決策が空中に金を散布して惑星自体をコーティングしてしまうというもの。金のコーティングによって有害な宇宙線を防ごうとしたのです。ですが惑星ニビルに埋蔵されている金の量だけでは足りませんでした。

そこで発見したのが地球。アヌンナキは惑星ニビルを危機から救うために地球に金を採掘するために訪れます。この時すでに惑星間航行の技術を持っていたため現代よりはるかに進んだ技術を持っていたということ。シューメール文明の壁画に描かれるアヌンナキの姿は宇宙服を着ている時の姿だそうです。

 
アヌンナキの姿は人間とほぼ同様ですがその身長は3m~10m、寿命は数十万年。つまり人類からすると巨人だったのです。世界に様々な巨人伝説が残っています。もしかするとその巨人とはアヌンナキのことなのかもしれません。

地球には50体ほどのアヌンナキが金の採掘のために訪れました。その採掘任務の指揮を任されたのがアヌンナキの王であるアヌの息子であるエンキ。エンキは科学を得意とし下半身が蛇のような姿をしていました。

またエンキにはエンリルという弟もおり精神性を重視する性格。エンリルは人型であり身長は約3m、長いひげを蓄えた男性の姿をしていました。

エンキはアヌンナキを使って金の採掘を行いますが金の採掘はかなりの重労働。アヌンナキの不満が溜まりついには反乱が起きる事態に。そこで別の労働力を確保しようとエンキは得意の科学を使います。
当時の地球はまだ恐竜が存在していました。

その恐竜とアヌンナキの遺伝子を掛け合わせて作ったのが爬虫類宇宙人であるレプティリアン。


レプティリアン(恐竜と宇宙人アヌンナキのハーフ)
レプティリアンはアヌンナキによって金採掘のための労働力として作られました。レプティリアンの体長は約2m、体重は800kg、寿命は1000年ほど。全身が鱗に覆われておりまさにとかげ人間です。

アヌンナキはレプティリアンの誕生に歓喜します。「これで金の採掘を自分たちがしなくても良いんだ!」ですがレプティリアンは非常に凶暴な性格をしていたため扱いに困ることに。アヌンナキはさらなる労働者を確保する必要に迫られました。

そこで発見したのが猿人でした。エンリルが猿人とアヌンナキの遺伝子を掛け合わせて人類の祖先を誕生させます。


人類(レムリアン)誕生(猿人と宇宙人アヌンナキのハーフ)
人類の祖先の名前はレムリアン。エンリルはエデンの園でレムリアンを大切に育てました。ですがその様子を見ていてレムリアンが気に入らなかったのがレプティリアン。「俺たちは奴隷なのになんで後から生まれた奴が大切にされてるの?」

そこでレプティリアンは知恵の実というものをレムリアンに渡します。知恵の実は禁断の果実でありそれを食べると感情が生まれるとされていました。レムリアンはエンリルから「この実だけは食べちゃダメ!」と言われていたのにも関わらず、レプティリアンに唆されて知恵の実を食べてしまいました。

そのことに対してエンリルは大激怒! エンキとエンリルで大喧嘩が始まります。エンキ側がレプティリアンでアトランティス大陸に。エンリル側がレムリアンでレムリア大陸に住んでいました。2者の争いは世界を崩壊させてしまうほど戦争にまで発展します。

もう地球が滅んでしまうという寸前のところで停止。平和の証としてレプティリアンとレムリアンの遺伝子を掛け合わせた生命体を誕生させます。それがドラコニアンであり現在の日本人のルーツになったと言われています。
(ドラゴニアン=恐竜&宇宙人と猿人&宇宙人のハーフ)

世界で日本人だけに見られる特殊な遺伝子があります。それがYAP遺伝子。YAP遺伝子は親切遺伝子とも言われまさにドラコニアン誕生の目的と重なります。ドラコニアンの誕生で地球に平和が訪れたかと思われてましたが、、、。レプティリアンはやはりレムリアンやドラコニアンのことが許せないようです。


レプティリアンの支配
レプティリアンの性格は凶暴で残虐。人間の負のエネルギーや人の肉を好みます。世界中で起きる人の失踪事件にはレプティリアンが関わっているなんて話も。レプティリアンの能力として人間の姿に擬態することが可能だそうです。ですが時に失敗して爬虫類の姿を現してしまうとか。そういった能力を使って今でも人間社会に紛れて影から人間を支配しているなんて噂もあります。

レプティリアンは人間に正体がバレルことが最大の恥だそうです。だからこそレプティリアンを頂点としてイルミナティやディープステートを使ってピラミッド構造を形成し正体がバレないようにしました。

イルミナティの中心であるイルミナティ13血流については『イルミナティ悪魔の13血流』の記事をご覧ください。


アヌンナキとレプティリアン、人類誕生のまとめ
今回はアヌンナキとレプティリアン、人類誕生についてご紹介しました。ダーウィンの進化論を完全無視した人類誕生説でしたが、ダーウィン自身も人類の誕生は最もミステリーだと言っていました。なので人間は宇宙人によって創造されたという可能性も十分にあると思います。

現在では科学技術を中心としたレプティリアン側が優勢の状況となっていますが、、、。ですが、レプティリアンに対抗できるのはドラコニアンの末裔である私たち日本人。日本人の役割は世界に平和をもたらすることだと私は考えています。そのためにも日本人が本来どんな力を持っているのか? その力を使うためにもしっかりと目を覚まさないといけませんね。


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ID非公開さん(2018/10/11)
バザール帝国がユダヤ教に改宗しなければ、ユダヤ人とはアジア人的な外観では?ウクライナとかトルコとかの顔がユダヤ人ではないかな?日本にはユダヤの記録が神社にあるやろ?


音羽 篤心さん
ハザール人はコーカソイド(白色人種)であり、彼らにユダヤ教を伝え、教えた少数のユダヤ人がモンゴロイド(黄色人種)です。

約2000年前にユダヤにおいてユダヤ教から原始キリスト教に改宗したユダヤ人(モンゴロイド)は約400年かけて日本に渡来しています。

カトリック教会が主張するように、ユダヤ人原始キリスト教徒(エルサレム教団)達はローマに移住したというのは大嘘です。

イエス・キリストは敵国に移住させる程慈悲心がない御方ではありません。また、彼は行方知れずとなっている北イスラエル王国国民の末裔に福音を宣べ伝えるように命じています。


質問者からのお礼コメント
原始キリスト教徒はイエスの弟がリーダーやな。ユダヤ人だな。顔はアジアだな。



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八咫烏(wiki)

日本の秘密結社「八咫烏」の真実|裏天皇の実態とは!?

帝王日嗣(ていおうひつぎ)では、猿田彦が イエスキリストらしい。

野口雨情、ツキヨミとしてのニギハヤヒ。

カラスの子育て期の今、謎めいた童謡「七つの子」について考えてみませんか?

世界最古の秘密結社は日本にある?謎の存在『八咫烏』にワクワク。

八咫烏 この国を影で仕切る秘密組織、DVD収録内容。
神道の根幹は祭祀と儀式にあり、その頂点は天皇。
天皇を裏で支えているのは祭祀氏族。
日本で最初の本格的祭祀は、天岩戸開き神話における神々の一連の行為。
天照大神の復活を祝福する葵祭。
天皇が天皇となるための天皇家最大の秘儀大嘗祭。
葵祭、大嘗祭、この2つを取り仕切る京都賀茂神社(下上賀茂神社)の賀茂氏。
表の神道の頂点に君臨する伊勢神宮、裏の神道の頂点に君臨する下鴨神社。
表の神道と裏の神道、真の力をもつのは裏神道。
下鴨神社こそが神道界の総元締めであり、祭祀氏族の頂点・賀茂氏は裏神道の中枢。

裏神道に存在する選りすぐりのエリートで構成された秘密組織が八咫烏。
イスラエル12支族からは聖別され、絶対神の祭祀のみを執り行う祭司レビ族。
祭祀氏族はすべてレビ族。
八咫烏とは、古代日本に渡来したユダヤ人祭司レビ族の集団。
八咫烏とは、レビ神権を所有する秘密結社セムメーソンにして、預言者集団。

八咫烏の中核12烏とイエスの12使徒。
八咫烏のボス、3人の大烏、金鵄。
裏天皇として、裏神道に君臨する 金鵄。
日本の神社の総元締めは下鴨神社、実質的に支配しているのは八咫烏。
この国の真の歴史を人々の目から隠してきた八咫烏。
童謡「とおりゃんせ」の真実。
八咫烏と日月神示の予言。
今年5月、第3神殿建設の強力な推進力となる極右政党と連立したイスラエル新内閣。
光のミロク369と、闇のミロク666。
来たるべき時のために行動することを運命づけられた八咫烏。
イエス再降臨のため神話の時代から存在する八咫烏。

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古史古伝

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8F%A4%E5%8F%B2%E5%8F%A4%E4%BC%9D

古史古伝(こしこでん)とは、古代史の主要な史料(日本の場合なら『古事記』や『日本書紀』など)とは著しく異なる内容歴史を伝える文献を一括して指す名称。種類が多く、また超古代文献超古代文書ともいう。なお古史古伝は今のところ、いずれも学界の主流からは偽書とみなされている。日本の『武功夜話』や『百輪中旧記』などのように中世以後の歴史を記した偽書もあるが、古代の特に古い時代に無関係な文献は古史古伝とは呼ばれない。

概論

古史古伝は、

  1. 写本自体が私有され非公開である、などの理由で史料批判がなされる予定がなく、史料として使えないものも多い
  2. 超古代文明について言及されている
  3. 日本のものの場合、漢字の伝来以前に日本にあったという主張がある神代文字で綴られている
  4. 日本のものの場合、上代特殊仮名遣に対応してない(奈良時代以前の日本語母音が8個あったが、5母音の表記体系である)
  5. 成立したとされる年代より後(特に近代以降)の用語や表記法が使用されている

等々の理由で古代史研究における歴史学的な価値は非常に低く、古代からの伝来である可能性もまず無いと考えられている。しかし、古史古伝は種類が多く1〜5の特徴もすべての古史古伝に共通しているわけではなく、それらの諸点についての度合いは各書ごとに様々である。日本のものの場合、江戸時代成立とみられる文献もあり、それらには江戸時代的な特徴はあるが近代以後の用語などは当然存在しない。

ただし、いずれの「古史古伝」においても「偽書である『古史古伝』ではなく、真書である」と主張する人々はかつて存在したか、もしくは現存している。

現在では、近代における日本人の国家観・民族観への受容等のあらわれとして、文献の作成を行う者の思想に対する研究が始まったところである。文献そのものに史料的価値が認められなくとも、「それらの文献(偽書)をいつ、だれが、どのような背景・目的で作成したのか」を研究することは、古代史の研究とは言えないにしても、じゅうぶん学問的な行為といえる。

古史古伝を含む偽史の作成は、それが作成される社会と時代における時代精神を反映している。原田実オウム真理教が偽史運動から登場した事を指摘している[1]。実際に教祖の麻原彰晃は、古史古伝に登場する金属ヒヒイロカネの記事をオカルト雑誌に発表した事がある[2]

名称由来

第2次世界大戦前には「神代史」「太古史」など言われ、戦後(1970年代頃まで)には吾郷清彦が「超古代文書」と呼んでいた。また同じ頃、武田崇元(武内裕)は「偽書」「偽史」「偽典」などといっていたが、「偽書」「偽典」は用語としてすでに確立した別の定義が存在しており紛らわしいので、やがて「偽史」という言い方に統一されていった。

「古史古伝」という言い方は、吾郷清彦が著書『古事記以前の書』(大陸書房、1972年)で最初に提唱したもので、この段階では「古典四書」「古伝三書」「古史三書」とされていたが、著書『日本超古代秘史資料』(新人物往来社、1976年)では、「古典四書」「古伝四書」「古史四書」「異録四書」に発展した。 初期の頃の吾郷清彦は「超古代文書」という言い方を好み、「古史古伝」とは言わなかった。あくまで分類上の用語として「古伝四書」とか「古史四書」といっていたにすぎない。1980年代以降、佐治芳彦がこれをくっつけて「古史古伝」と言い出したのが始まりである。

下記の分類は前述の『日本超古代秘史資料』を基本としているが、その後、他の文献写本が発見されるに従って吾郷清彦自身によって徐々に改訂が繰り返され増殖していった。その分として若干の補足を加えてある。

吾郷清彦による分類

古典四書

『古語拾遺』を除いて「古典三書」ともいう。この「古典四書」(または古典三書)という分類は、異端としての超古代文書に対して正統な神典としての比較対象のための便宜的な分類であり、「古典四書」はいわゆる超古代文書(古史古伝)ではなく、通常の「神典」から代表的・基本的な四書を出したもので、実質は「神典」の言い替えにすぎない。(神典の範囲をどう定めるかは古来諸説があるがこの四書に加えて『万葉集』『古風土記』『新撰姓氏録』などをも含むことが多い)。

しかし『先代旧事本紀』については若干の説明が必要である。『先代旧事本紀』は江戸時代以来、偽書であるとの評価が一般的であり、当然、吾郷清彦も最初からそれを認識していた。しかしまた同時に、通説と同様に、その価値を全面否定はせず、記紀に次ぐ重要な「神典」とみなされてきた事実には変わりない、と(記紀ほどではないが)評価もしていたのである。

同様に『天書』(『天書紀』ともいう)・『日本総国風土記』・『前々太平記』の三書を異端古代史書として古史古伝と同様に扱おうとする説(田中勝也など)もあるが、このうち『天書』は古史古伝の類とはいえず、他の二書も超古代文書というほどの内容をもっているわけではない。これらは古典四書の周辺的な類書であり、古史古伝の同類とみなされかねない異端古代史書とはいえても、超古代文書だとか古史古伝そのものに入れるのは相当な無理がある。

『先代旧事本紀』または『天書』と似たような位置にある史書として『住吉大社神代記』がある。天平年間成立とされているが平安時代中期頃の偽書と考えられる。今のところこれを古史古伝扱いする議論は出現してないようである。『神道五部書』は、奈良時代以前の成立とされているが鎌倉時代の偽書と考えられている。『神道五部書』は直接には古史古伝ではないが、そのうちの『倭姫命世紀』と『神祇譜伝図記』に神代の治世の年代が記されており、これが古史古伝の幾つかにあるウガヤフキアエズ王朝と同質の発想があるという指摘がある[3]

通常の古代史書が、解釈によって古史古伝と同様の内容があるとされる事もある。吉田大洋は『古事記』がシュメール語で読めると主張したが、その解釈には超古代史的な内容もある[4][5]高橋良典は『新撰姓氏録』を超古代史書として解釈している[6]。これらは吉田大洋や高橋良典の解釈説の内容が超古代史なのであって、本文そのものが超古代史なわけではない。

古伝四書

「カタカムナ」を除いて「古伝三書」ともいう。

この「古伝四書」は全文が神代文字で書かれているという外見上の体裁による分類であって、内容に基づく分類ではない。

また、『フトマニ』という書がある。この『フトマニ』は普通名詞の太占(ふとまに)と紛らわしいので吾郷清彦は『カンヲシデモトウラツタヱ』(神璽基兆伝)と名付けた。『フトマニ』『ホツマツタヱ』『ミカサフミ』の三書は世界観を同じくする同一体系内の一連の書であり「ホツマ系文書」ということができる。一部の肯定派の研究者からは「ヲシテ文献」と一括してよばれる。

また、カタカムナに関係する『神名比備軌』(かむなひびき)や『間之統示』(まのすべし)という漢字文献も「カタカムナ系の文献」として一括できるが、これらカタカムナを含むカタカムナ系の諸文献は「歴史書」ではない。「超古代文書=古史古伝」は、このように歴史書以外をも含む幅広い概念である。

古史四書

  • 九鬼神伝精史」(いわゆる「九鬼文書」。『天津鞴韜秘文』(あまつたたらのひふみ)は九鬼文書群の一部である)
  • 竹内太古史」(いわゆる「竹内文献」。「天津教文書」「磯原文書」ともいう)
  • 富士高天原朝史」(いわゆる「富士谷文書」(ふじやもんじょ)。「宮下文書」「富士宮下古文献」ともいう)
  • 物部秘史」(いわゆる「物部文書」)

「物部秘史』を除いて「古史三書」ともいう。

「古史四書」は神代文字をも伝えてはいるものの、本文は漢字のみまたは漢字仮名まじり文で書かれたもの。やはり内容による分類ではない。上記のタイトル(九鬼神伝精史・竹内太古史・富士高天原朝史・物部秘史)は吾郷清彦が独自に名付けたものである。九鬼文書と富士文書は複数の書物の集合体であって全体のタイトルがなかったことによる[8]

竹内文書、大友文書、富士文書を三大奇書ともいう[9]

異録四書

『神道原典』を除いて「異録三書」ともいう。

「異録四書」は古伝四書や古史四書に含まれないものをひとまとめにしたもので、いわゆる「その他」の枠であり、古伝四書・古史四書のように四書全体に通じる共通の特徴があるわけではない。

『忍日伝天孫記』と『神道原典』は古文書・古文献ではなく、前者は自動書記、後者は霊界往来による霊感の書である。このように吾郷清彦の「古史古伝」(超古代文書)という概念は「古代から伝わった書物」という意味だけでなく、「自動書記などの霊感によって超古代の情報をもたらす現代の書」まで含む幅広い概念である[11]。吾郷は上記の他にも、超古代文書として『異称日本伝』・『神伝上代天皇紀』・「春日文書」を取り上げているが、このうち『異称日本伝』は松下見林による江戸時代の有名な著作であり、超古代文献とはいえないものであることは、後述の『香山宝巻』と同様である。また「春日文書」は言霊(ことだま)関係の文献[12]であり歴史書ではないが、古史古伝には歴史書以外も含みうるのは、上述のカタカムナの場合と同じである。

吾郷清彦による分類の発展

東亜四書

吾郷は「新しき世界へ」誌(日本CI協会刊)に寄稿した際「東亜四書」という項目を追加している。

構想段階では『香山宝巻』『宝巻変文類』がなく『竹書紀年』『穆天子伝』だったが、この両書を古史古伝だというのは無理があり、後の著作では『竹書紀年』『穆天子伝』をはずし『香山宝巻』『宝巻変文類』を入れた形で発表されている。しかし『香山宝巻』『宝巻変文類』は世間的には有名ではなかったが専門家の世界ではもとから知られたものであり、超古代史文書に入れるのは異論もある。ほかに東アジアに関連するものとして『山海経』『封神演義』をあげる論者もいるが、『山海経』は古来有名な古典であり、一方『封神演義』は小説であり、いくら内容が面白いからといってもこの両書を古史古伝というのは無理がある。それよりも『契丹古伝』や『桓檀古記』とならぶべき超古代文書といえば『南淵書』があげられる。また『桓檀古記』は『揆園史話』や『檀奇古史』などの同系の書物とともに「檀君系文献群」として一括してよぶことができる。

泰西四書

他にジェームズ・チャーチワードが実在を主張した「ナーカル碑文Naacal)」、ヘレナ・P・ブラヴァツキーが実在を主張した『ドゥジャーンの書』、「エメラルド・タブレット」、「トートの書」等がある。また『ネクロノミコン』は当初から小説の中の存在として発表されたが、実在と信じる人にとっては超古代文書の一種である。

『OAHSPE』はアメリカ人の歯医者John Ballou Newbroughが自動書記で書いたとされており、「アカーシャ年代記」は不可視界の存在であるとされ、どちらも古文書ではない。他にアメリカ人リバイ・ドーリングがアカシックレコードを読んで書いたというキリストの前半生の物語『宝瓶宮福音書』(1908年)も古史古伝に入れられている。

地方四書

  • 甲斐古蹟考
  • 阿蘇幣立神社文書」(「高天原動乱の秘録」ともいう)
  • 美しの杜物語』(研究者の間では『大御食神社神代文字社伝記』とよばれることが多い。また『美杜神字録』ともいう[16]。『美しの杜物語』は吾郷の命名である[17]。)
  • 真清探當證』(ますみたんとうしょう)

『美しの杜物語』は神代文字で書かれており定義からいえば「古伝四書」の方に入れてもよさそうではあるが、吾郷はその件については特にふれていない。『美しの杜物語』のように地方色豊かなものとして原田実はさらに『伊未自由来記』(いみじ・ゆらいき)・『肯搆泉達録』(かんかんせんだつろく)[注釈 1]・「守矢家文書」・「松野連系図」をあげている。

秘匿四書

上記の四書は未確認文献である。これらは神代文字を伝えているとか竹内文献と共通する内容があるとかウガヤフキアヘズ朝についての記述があるとか、戦前には様々な噂が広がっていた。阿部文献については、三浦一郎は『九鬼文書の研究』の中で、また宇佐美景堂は『命根石物語』の中で、ともに豊後の阿部家に伝わる古代文字文献について述べており、戦前からの研究者である山根キク大野一郎らは神武以前の天皇名などを伝えている個所があると主張していた。が、現在のところ何も見つかっていない。残りの三書「斎部文書」「清原文書」「久米文書」も噂の域をでず詳細不明であり、実在しない可能性が高い。

これらの他にもなお「大伴文書[19]なるものが存在することが判明している[20]

一覧

本項ででてきた書物のタイトル一覧。五十音順。

古史古伝

神典

それ以外

脚注

  1. ^ 原田実著「トンデモ偽史の世界」(楽工社 2008年9月) 終章「現代日本の偽史運動」
  2. ^ ムー1985年11月号 麻原彰晃「幻の超古代金属ヒヒイロカネは実在した!?」
  3. ^ 歴史読本1988年11月号 特集「消された歴史書「古史古伝」」所収 菅田正昭「「神道五部書」にみる古史古伝の成立事情」
  4. ^ 吉田大洋著「謎の出雲帝国」(徳間書店 1980年5月)
  5. ^ 歴史読本1988年11月号 特集「消された歴史書「古史古伝」」所収 吉田大洋「「古事記」はシュメール語で書かれた」
  6. ^ 高橋良典著「謎の新撰姓氏録」(徳間書店 1980年2月)
  7. ^ 『ウエツフミ』には宗像本と大友本があるが、「大友文書」という言い方はそのうち大友本をさすというのではなくて、編者の大友能直の名をとったものであり宗像本と大友本を包括する名である。しかし「大友本」と紛らわしいのであまり使われなくなった。
  8. ^ ただし富士書についてはその中のもっとも主筋のまとまった書物である『開闢神代暦代記』をもって全体を代表させることがある。また竹内文献だけは「神躰神名天皇名宝ノ巻」(たましいたまのしかみのみなすみらみことなたからのまき)という表題がついている。物部文書については不詳である。
  9. ^ 鈴木貞一などがこの三書を「三大奇書」といっている。戦後、知名度において劣っていたホツマツタヱや九鬼文書などを吾郷が積極的に取り上げるまでは、超古代史を語る歴史書としてはこの三書が群を抜いて有名だったことによる。
  10. ^ 吾郷がこの著書を著した頃には『東日流外三郡誌』以外の和田家文書は知られていなかった。
  11. ^ 吾郷は古神道の研究家でもあったので、晩年には、古史古伝とはあくまで別枠としてだが『霊界物語』『泥海古記』『神霊正典』『日月神示』を「霊示四書」と呼んでいた。
  12. ^ 晩年の吾郷は「言霊四書」のリストも考案していた。
  13. ^ 自身を由緒正しい古フリーズ貴族の末裔に違いないと信じていた大工コルネリウス・オヴェル・デ・リンデが偽造した、先史時代までさかのぼる年代記。フリーズ人はキリスト教以前に独自の一神教を持つとし、万物創造の唯一神ヴラルダを讃え、ザクセン人やフランク人を見下しフリーズ人の優越性を説く。1872年にオランダで出版され、偽造であるとばれて事件は終わっていたが、ナチズムの台頭の中、1933年にドイツの先史学者ヘルマン・ヴィルトがユダヤによる旧約聖書以前の本物の古文書であると主張し、北方人種の栄光ある過去を創造する道具として利用しようとした。種村季弘「偽物創始」『偽書作家列伝』学習研究社、2001年
  14. ^ ヘレナ・P・ブラヴァツキー神智学における根源人種論の元とも言われ、ニューエイジにも影響がある。
  15. ^ ルドルフ・シュタイナーの著作『アカシャ年代記より』のこととは限らない。『アカシャ年代記より』の著述の元になったもので、目に見えないがすべての過去の事実の跡が虚空(アーカーシャ)に刻まれて記録されており、特定の能力のある者がそれを読み取ることができるという。ただし「アカーシャ年代記」(=アカシックレコード)そのものは現界に書物として存在しているわけではなく、吾郷がここでいっているアカーシャ年代記(実際に文章化された書物)とは事実上ルドルフ・シュタイナーの著作をさしている。しかし吾郷清彦は、シュタイナーの著作の内容とは無関係にアカシック・レコードという言葉が使われることや、アカシック・レコードだと称されるものの内容が霊視する人間によって大きく変わってしまうことも認識していたため、あまりアカシック・レコードという言葉は使っていない。八幡書店の用語では、アカシック・レコードに相当する概念として九鬼文書の「天地言文(アメチコトフミ)」や荒深神道の「天津古世見(あまつこよみ)」があげられており、吾郷もそのような既存の和風の用語を援用・流用することを構想していた。
  16. ^ 『美杜神字』は出版物でもサイト上でも美杜神字とするものがあるが『美杜神字"解"』は落合直澄による著作(解読文)であり、原書のほうは美杜神字"録"である。
  17. ^ このタイトルは吾郷の昭和42年に著した解説書のタイトルでもある。
  18. ^ 「安部文書」ならば実在するものの、原田実・森克明編の「古史古伝事典」(別冊歴史読本編集部編『古史古伝の謎』所収)によると「安部文書」で現在までに見つかっているのは安部家の系図や寺社縁起のみであって、その中に神代伝承は見いだせない。
  19. ^ 『ウエツフミ』の別名である「大友文書」とは無関係。
  20. ^ 熊野修験道の秘伝書という「天津蹈鞴秘文」について、伝承者の高松壽嗣はその一部を大伴氏の所伝とみなし、「大伴文書」と呼んでいたという。したがって「大伴文書」が実在するという言い方は可能だが、その中にウガヤフキアヘズ朝伝承は特に見出せない。

注釈

  1. ^ ただし由来記・泉達録共に実際に地元(隠岐島・越中)の神社に祀られている地方固有の神々を登場させている。

参考文献

  • 吾郷清彦 『日本超古代秘史資料』新人物往来社、1976年。
    • (上記の復刊版)『日本超古代秘史研究原典 (愛蔵保存版)』大陸書房 ISBN 440402472X
  • 吾郷清彦 『古事記以前の書』大陸書房、1972年。
  • 藤原明『日本の偽書』ISBN 4166603795
  • 原田実『古史古伝論争とは何だったのか』・新人物往来社『歴史読本』2009年8月号
  • 原田実『『古史古伝』異端の神々』ビイングネットプレス、2006年
  • 田中勝也『異端古代史書の謎』大和書房、1986年。
  • 歴史読本1988年11月号 特集「消された歴史書「古史古伝」
  • 別冊歴史読本編集部編 『「古史古伝」論争』
  • 別冊歴史読本編集部編 『危険な歴史書「古史古伝」―“偽書”と“超古代史”の妖しい魔力に迫る!』 ISBN 4404027540
  • 別冊歴史読本編集部編 『徹底検証 古史古伝と偽書の謎』 ISBN 4404030770
  • 佐治芳彦『古史古伝入門―正史に埋もれた怨念の歴史 (トクマブックス)』徳間書店 新書 - 1988/10 ISBN 4195037557

関連項目

外部リンク



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日航機123便墜落事故と高天原山の神話。(2014年8月12日)。
https://ameblo.jp/usitora21/entry-11908593298.html
友人に連れられて、関東一の清流「神流川」が流れる神秘的な奥多野に深く縁するようになりました。不思議と私もこの地を訪れる事が頻繁になってゆきました。

あるとき仲間3人と神流町に行く予定を立てました。するとなぜかその一週間前から、私の首が異常に痛むようになりました。そしてIさんの家に集まって、明日どこへ行こうかという話になり、どういうわけか御巣鷹山に登ろうということになりました。

翌朝4人で出発し御巣鷹山を目指しました。
上野村の中心地を抜けて現地の駐車場に至るまでの、きれいに整備された道路やトンネルを通る道すがら、墜落事故当時の救援隊として現場に急行され、道なき道を歩かれた地元の方々の、ご苦労を思わずにはいられませんでした。

車を降りて歩き出し、すげの沢から登り始めると、突然霊的に敏感なIさんに、次々と亡くなったご霊さんが彼女の口を借りてお話を始められました。「目が回る、目が回る、私の鞄はどこか」と訴えるサラリーマンの方や、自分の体の一部がないと訴える女性の方など事故の壮絶さに驚愕しました。

そして最後に来られたのは男の子でした。その子は「頭が熱い、頭が熱い」と私に訴えてきました。どうやら頭を強く打ってしまったようでした。そこで男の子にお祓いをさせて頂きました。しばらくすると落ち着いてお話をしてくれたのです。なぜか飛行機には一人で乗っていたそうです。現場を回る間ずっと彼が道案内をしてくれたのです。昇魂の碑の前で祝詞を奏上し、現地のお祓いをさせて頂き犠牲者の冥福を祈らせて頂きました。近くには犠牲者の方の遺影などが置かれている小屋があり、その男の子は「僕の写真がある」と言って、私達をそこへ案内したのです。彼は「これが僕だよ」と言って一枚の写真を指差しました。そこにはまだあどけなさの残った、かわいい小学生くらいの男の子の写真でした。

慰霊の祈りを終えて下山を始めました。しばらくすると男の子は「僕はもうこれ以上は一緒に行けない、おじさんありがとう、また来てね」と言って手を差し出してきたので、固く握手を交わして別れたのです。その後暫らくして、その子の名前は健君だということが判りました。ふと気が付くと、あれほど痛かった首の痛みが消えていたのです。

私は御巣鷹山の慰霊登山から帰ると、どうしてこの地で日航機墜落事故が起こったのか、ということを追求し始めました。

まず最初に判ったことは、123便が墜落した山が御巣鷹山の尾根ではなく、高天原山の尾根であるということでした。「タカアマハラ」という日本神道にとって最も神聖な所を示す言霊を冠する山で、単独機では世界航空機史上最悪の大惨事が起きたということは、神職である私にとって衝撃的なことでした。この事故には間違いなく、神的・霊的な意味合いがあるに違いないと確信しました。そしてこの事実に気付いたのは、高天原の神からのメッセージであり、この解明は私へ与えられた使命であると拝しました。

当時の上野村村長であった黒澤さんが、事故現場を「御巣鷹の尾根」としたのも不可解です。神流町の方のお話によると、以前町の人が高天原の神社に参拝に行かれたが、とても二度と行けるような所ではないと話していたことをお伺いしました。それほど険しい山奥に、なぜ神社がわざわざ作られなければならないのか?しかも信仰の対象になっていたとは、一体どのようなご祭神が祭られているのか?この謎を解明するためには、神流川の源である高天原山の神話を紐とかなければならないと思ったのです。
 
奥多野(群馬県上野村、神流町)に伝わっている神話によると、
「その昔高天原で神同士の戦があり、負けた方の神の首が切られて流れたのが神流川、胴体(あら)が流れたのを荒川、血が隈なく流れたので千曲川と名付けられた」ということが伝えられています。

この神話を見て、高天原山がただならぬ所だと直感致しました。そして嫌でもある神様にまつわる、忌まわしい歴史を想起せずにはいられませんでした。

しかも高天原山の神社を知っている上野村役場の方にお話を伺うと、その神社には菊の御紋があるということでした。なぜ人が近づけないような山奥に、皇室ゆかりの神社があるのか?またその周辺には、古くからある520体の石仏のような物が発見されている。一体何を意味するのか?上野村の人々も気味悪がっているということです。

私は背筋がぞっとするような戦慄を覚えました。この話神話は古事記や日本書紀あるような、後世に渡来した外国人や朝廷内の豪族にとって、都合の良いように作り変えた歴史書には載っていない、遥かに古く大変重要な事実を伝えているに違いないと確信したのです。

そしてこの神社のご祭神がどなたかということは、神話と菊の御紋でおおよその推測は出来ました。しかしながら世間一般に流布されている日本神話や歴史書では、そのご祭神を特定する資料的能力は無いということは判っていました。そこで学問的には偽史として無視されている古文献に頼らざるを得ませんでした。そしてとても有名な竹内文書という古文献を調査して行きましたが、私自身はこの地の神話に関するものは発見できませんでした。私は壁に突き当たって打つ手なしという状態に陥りました。困りは果てた末に、超古代史に詳しい世田谷区の幼稚園の園長先生に協力を依頼いたしました。

すると暫らくしてその先生から連絡があり、竹内文書を丹念に調べてみると、国之常立天皇(くにのとこたちすめらみこと)の御代に、「サヨノ、チクマノ、三獄山に葬る」という記述を発見出来たということでした。 私の推測どおりでした。因みにこの先生は、園児の両親と兄弟、一家4人を日航機事故で失っていらっしゃる方でした。「サヨノ」という文言は上古の時代、信濃国を「サヨリシノ」と言い、千曲川の源でもある三国山であることは容易に想像できます。古文献と地方の神話伝承、そして古神道霊学が一致したことは、真に驚異的なことでした。

この神流川の神である国之常立大神様(神名の表記は各文献によって異なる)は、皇室の祖先神であり、皆さんが良く知っていらっしゃるご存在です。節分になると、祟り神として日本全国で皆さんが炒り豆をぶつけて追いやっている、鬼とされてしまった艮(丑寅・うしとら)の金神です。金神とは年・月・四季に応じて、その居所を変える「遊行神」ですが、金神のいる方角は大凶であり何人も侵してはならないとされてきた。金神七殺といって、金神のいる方角を侵すと身内の者が七人まで殺されるという。金神は殺戮を好み、祟りを為す大邪神であり、北東、丑寅の方角(表鬼門)の金神は最も忌み嫌われてきました。平安京の北東に延暦寺を置き鬼門を封じたのもその為です。
 
実はこの高天原山に於けるこの神話は、太古にあった「天の岩戸閉め」を伝えたものなのです。古事記・日本書紀でも、天地創造の神世七代における第一の神とされており、人類共通の御親とも言える神様です。

その大恩ある神様に対して反逆し、天の岩戸に閉じ込めて注連縄を張り、さらに引退される神様に対して、「炒り豆に花が咲くころに出て来い」と言って、去って行かれる背中に豆を投げつけて呪詛(じゅそ)をかけたのです。炒り豆に花は咲きません。二度と永遠に出てくるなということです。それが日本では、今日まで節分の豆撒きという風習になって続いてきたのです。戦いに勝った邪神・福の神たちは政権交代に大喜びして酒盛りをし、正神の龍体を切り刻み、その臓腑(ぞうふ)まで煮て食べたという伝説が、「お雑煮」の祝いとなって残っています。またヒイラギのトゲで神様の龍体の目を突き刺したのが、イワシの目にヒイラギを刺して門前に飾る風習です。こうして福の神(七福神ではなく天若日子神系)という物欲・金欲を主体とした、人類界に悪の花咲く暴虐の世が始まる訳です。 外国から渡来した様々な氏族により、正しい歴史は抹殺改ざんされました。

天地創造の天津神も縄文時代までに祀られていた日本の神様のみ名も、古事記・日本書紀の神話の中では、その大部分が抹殺されています。その内容は曖昧模糊にされており、真実に迫ることが出来ないようになっております。大祓の祝詞では完全にすり替えられ、天津罪として列記されています。

遥か神代において我々人類も、邪神・福の神と一緒になって正神に対する恐るべき呪術を行い、等しく人類のみ親である神様を忌み嫌って反逆し、注連縄で封じ込めるという大罪を犯してきたのです。邪神は人類の祖神である神様を神向しないように、様々な手を打って正神と人類を遠ざけたのです。いまだに現在の神社神道は福神への祭祀が主体で、呪詛の型も注連縄、鳥居として存在し、国常立之大神様に近づけないような仕組みにされてきたのが真実です。

神様がカゴメ歌で秘め事を伝えてこられたとおり、籠の中の鳥にされていた神様が、神社の鳥居という籠からお出ましになられ、世の大立替、世直しにお出ましになる時が到来したのです。上野村は亀甲石の出る所であり、亀甲紋は六妄星のカゴメを中に囲ったもので、「鶴」のマークの飛行機が「亀」の地を引っかいたということなのです。

またこの地で長らく天の岩戸を閉ざしていたことを思わせる、日影長戸岩と言われるものも存在し、その符号に驚かざるを得ません。そして国常立大神様(天皇)の御陵とされる三国山もその昔は三獄山と言われており、木曽の御嶽山も国常立大神様を祭神としており、本質的には神にとっての牢獄になっているのではないかと思われます。

そして123便という数霊は、皇室神道に伝わるヒフミ祝詞に関連してきます。天の岩戸神話の場面で天の宇受売(うずめ)命は、ヒフミ歌を唱えながら舞ったとされています。

またカゴメ唄の神意、霊的示唆は多重的です。カゴメ紋はイスラエル・ユダヤのダビデの紋章でもあり、その関連を強く信じられている四国の剣山には、ソロモンの秘宝があると言われております。そしてその頂上には鶴岩と亀岩がある。まさに鶴亀(つるぎ)山なのである。カゴメの歌の通り、剣山から丑寅(東北)の方角を振り返ると、鳴門(戸)、神戸、そしてさらに行くと、大変重要な場所が浮かび上がって来るのです。

それは飛騨の霊峰位山です。位山の位とは、実はスメラミコト(天皇)のみ位を意味するもので、歴代の天皇は、この位山の一位(いちい)の木で作った笏を持って大嘗祭(即位式)に臨む事により、天皇になることが出来るのであります。位山の神は、皇祖・太陽神である天照日大神様です。天の岩戸にご引退された日の大神がお出ましになられております。

そして連動するように起こったことが、昭和59年9月に位山に程近い、日本の御岳信仰の大霊場である木曽の御嶽山直下の地震であり、続いて日航機墜落事故だったのです。御嶽山も三獄山(三国山)も「みたけ」の言霊で一致します。神戸の阪神淡路大震災の型示しで、神の戸がハジカレ、天の岩戸が開きが始り、地上に火と水による大洗礼が激化して参りました。また霊峰富士は、国常立大神様のお鎮まりになられたお姿だとも言われております。富士山の動きも活発化するようです。

これらの事柄を総合して読み解くと、高天原山(御巣鷹の尾根)の地は皇祖であり人祖である国常立之大神様に対して、大反逆したという人類共通の大罪である天津罪が行われた、地球上で最も恐るべき所であるという結論に達します。
飛行機事故の物理的側面だけを調査することではなく、霊的に考察するという事が重要なのです。宇宙一切は必然にして偶然なしです。すべて原因があって結果が存在します。墜落事故の犠牲者に対しての慰霊もさることながら、神流川の神に対するお詫びの神祭りが、先ず以って大事であることを、私達に示しておられるのではないでしょうか?それこそが人柱になられた御霊に報いる道であると信じて止みません。合掌。



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