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wikipedia「ホロコースト否認」2。悪魔崇拝者たちによるホロコースト・ビジネス。イスラエル(シオニスト)→ドイツ、東欧。中国、朝鮮→日本。

参考文献

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関連項目

関連人物

外部リンク

 ホロコーストの内容に疑問を投じるウェブサイト
ホロコースト否認への批判

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1970年代

1974年、アウシュヴィッツ周辺のモノヴィッツで天然ゴムに代わる素材の開発に従事していた元親衛隊員のティエス・クリストファーセンが回想録『アウシュヴィッツの嘘』を出版し、ドイツのユダヤ人政策は批判されるべきであるが、戦後のアウシュヴィッツ像はあまりにも誇張されたもので、クリストファーセンがアウシュヴィッツ周辺で勤務していた当時、ユダヤ人ら被収容者は虐待されていなかったと証言した。戦争末期は別として、大戦中前半はユダヤ人への待遇は戦後語られるような劣悪なものではなかったという。また、被収容者のための売春宿があったことや、当時アウシュヴィッツに勤務していた同僚のドイツ人の中には、ユダヤ人と友情を結んで戦後も文通を続けた者などもいた事実を挙げて、戦後のアウシュヴィッツ像は虚偽であると主張した。更には、クリストファーセン自身が、ビルケナウ収容所における衛生状態の劣化に懸念を抱いて、ユダヤ人の処遇を改善するよう上司に提案したことがあったことや、ユダヤ人の中にはドイツよりもソ連を恐れる者がいて、ソ連に対するドイツの勝利を期待していたユダヤ人がいたことなどをも述べている。ただし、これはいくつかの証言の一つに過ぎず、歴史的事実として広く認識されているわけではない。そのため、一切の証言は信用ならず証拠にならないとの態度を取りながら、事実という前提で引用する一部の修正主義者は、その言動の矛盾を指摘されることもある。

1976年にアーサー・バッツが『20世紀の法螺:ヨーロッパ・ユダヤ人絶滅説に対する異議申し立て[66]1977年デイヴィッド・アーヴィングが『ヒトラーの戦争』を発表、ベストセラーとなったことから、ホロコースト否認論の代表的な論客と見なされている。これらの著述はホロコーストに対する疑義として現在も否定論者の間で重要視されている[67]

1978年3月18日には、リチャード・ヴァーラルの著書『本当に600万人も死んだのか?』のフランス語訳を刊行した国民戦線のフランソワ・デュプラ(Francois Duprat)がユダヤ人組織に殺害され、妻も腕と足を失った[61][68]。同1978年、ソルボンヌ大学で文書鑑定を専門としていたロベール・フォリソンフランス語版が『ル・モンド』紙に「ガス室」の存在に疑問を投じる記事を発表しフォーリソン事件が起きた。フォリソンは「ガス室」を欺瞞 (fraud) と呼び、「この欺瞞の犠牲者は、(ドイツの)支配者たちを除くドイツ人と、全てのパレスチナ人だ」と述べ、この問題がパレスチナ問題と密接に関係することを指摘した。その後、1989年9月16日、ユダヤ系団体のSons of Jewish Memory(ユダヤの記憶の子供)から襲撃され、顎と顔を砕かれ重傷を負った[61]。Sons of Jewish Memoryの犯行声明文には「ホロコースト否定派をぶるぶる震えさせろ」とあった[61]

1979年、大戦中ドイツ空軍部隊将校として自らアウシュヴィッツを短期間訪れた経験を持つ西ドイツ(当時)の判事ヴィルヘルム・シュテークリッヒ (Wilhelm Stäglich) は、裁判官の視点からニュルンベルク裁判をはじめとする戦後の「戦犯」裁判と、ホロコーストを徹底的に検証したとする『アウシュヴィッツの神話』(The Auschwitz Myth - Legend or Reality)を刊行したが、1980年にはシュトゥットガルト裁判所の命令によりドイツ国内で頒布禁止とされ、発売日に書店から回収された。

1978年、米国でウィリス・カート (Willis Carto) によって歴史見直し研究所 (IHR) が創設された。これは「ホロコーストの俗説」に異議を唱える組織であり、英語圏における見直し論の広がりにおいて中心的な役割を果たしている。IHRは科学的な歴史修正主義を標榜し、ネオナチの背景を持たないジェイムズ・マーティン (James J. Martin) やサミュエル・エドワード・コンキン三世 (en:Samuel Edward Konkin III) のような支持者を歓迎し、またラッシニエやバーンズの著作の英訳を販売している。ホロコースト肯定者はIHRの支持者はネオナチや反ユダヤ主義者であり、出版配布されている資料の多くはホロコーストに疑問を呈することを専らとしている団体であると攻撃している[69]。IHRは「我々の組織はホロコーストを否認しない」と表明しており、IHRの定期刊行物には次のように書かれている。


1980年代

IHRはユダヤ主義者から暴力による襲撃を繰り返し受けており、1981年6月26日、1982年4月25日には放火、1982年9月5日には事務所へ発砲をうけ[61]1984年7月4日にはシオニストグループによって放火され多くの資料が焼失した[61]。見直し論者側はこれを焚書行為と糾弾し、ゲルマール・ルドルフは「異なる意見を抱いているだけで、非人間、悪魔、害虫、下等人種とみなしていいのだろうか? ナチスはそれをやったから非難されているのではないか? 扇動的な表現をすることは、ファシスト的、ナチス的、人種差別主義的ではないか」とユダヤの過激派を批判した[61]

1984年、カナダの高校教師ジェームズ・キーグストラは授業で資料の一部としてホロコーストに関する戦後の通説に疑問を呈する教材を使用し反ユダヤ主義的主張をしたとして告発され、有罪宣告を受け、解雇された。1988年7月18日にはキーグストラの自宅が放火された[61]

プリンストン大学教授で、左翼と見なされていた歴史家アーノ・マイヤーは、は、1988年に『天はなぜ曇らなかったのか?』 [72] において、(1)ドイツははじめからユダヤ人を絶滅する計画ではなかったと考えられる、(2)アウシュヴィッツで死亡したユダヤ人の多くは故意の殺害ではなく、病死や飢餓の犠牲者であった等の考察を述べている。メイヤーの問題提起はニューズウィークでも取り上げられ、日本の西岡昌紀にも影響を与え、マルコポーロ事件が発生した。

1987年ブラッドリー・スミスが「ホロコーストに関する公開討論委員会」 (CODOH) を創立。CODOHは、ホロコーストの通説を問題とする新聞広告をアメリカ合衆国内の大学学生新聞に打つ試みを繰り返している。掲載の諾否は新聞によって異なるが、編集長がどちらの判断を下しても、ほとんどの新聞は表現の自由を理由として、あるいは反ユダヤ主義的な言論は慎むべきであるという理由で、自らの判断を擁護する論説を掲載している。この広告キャンペーンによって、1990年代初期に多くの学生新聞にCODOHの広告が掲載され、全国的な議論を巻き起こし、ニューヨーク・タイムズもで取り上げた[43]2000年以降は、ユダヤ人広告主の批判を受けた事もあって、少数の例外を除き大半の学生新聞が広告を拒否するようになった[要出典]



数多くのユダヤ人が強制収容所やゲットーに追放された事実、あるいは多くのユダヤ人が第二次世界大戦で殺害された事実については論争は存在しない。修正主義の学者達は証拠を提出している。この証拠はヨーロッパ・ユダヤ人を絶滅するというドイツの計画は存在しなかったこと、600万のユダヤ人が戦時中に死んだとする推定が当てにならない誇張であることが示されている。この証拠に対して「絶滅派の連中」(exterminationists) は反駁することができずにいる。ホロコースト、すなわち約600万というユダヤ人が皆殺しにされた (そのほとんどがガスによる) と伝えられていることは悪い冗談であり、これはキリスト教徒や、教養があり誠実で正直な人ならどこの人にも悪い冗談と見なされるべきことである。[70]。しかし、旧来説支持派は、IHRがホロコースト否認論者ではないと表明することにより人々をミスリードする意図があると攻撃している。[71]

IHRは「殺人を目的としたガス室がアウシュヴィッツに存在したという(検証可能な)証拠」に対して50,000米ドルの賞金を提示したのでアウシュヴィッツの生存者メル・メーメルスティーン(Mel Mermelstein)は証拠を提出した。しかしIHRは賞金を支払わないので個人的苦痛に対する損害賠償訴訟を起こし、勝訴、40,000米ドルを受け取った。


ツンデル裁判とロイヒター・レポート

カナダ居住者のエルンスト・ツンデルはサミスダット・パブリッシング (Samisdat Publishing) という出版社を運営し、リチャード・ヴァーラル(本名リチャード・ハーウッド) の著書『本当に600万人も死んだのか?英語版』 (Did Six Million Really Die?) といった書物を出版した。1985年、ツンデルは「ホロコーストを否定する書物を配布、出版した」として「虚偽の報道」罪で裁判にかけられ、オンタリオ州地方裁判所によって有罪宣告、15箇月の禁固刑を言い渡された。この事件は大きく注目され、多くの活動家が表現の自由を訴えて、ツンデルの表現の権利を擁護しようと介入し、1992年カナダ最高裁判所が「虚偽の報道」法は憲法違反だと宣言し、彼の有罪判決は覆された[73]。この裁判で1988年にツンデルが弁護側証拠として米国のフレッド・ロイヒターen:Fred A. Leuchter)に依頼して作成した「ロイヒター・レポート」は、一般にガス室とされている建造物では技術的な問題からガスによる殺人は不可能であると結論づけている。裁判でロイヒターが証言をしたものの、彼が工学修士ではなく哲学修士であること、ビルケナウのガス室に関する資料を十分に読むことなくレポートを書いていることを指摘され「専門家による証言」とはみなされなかった。1995年5月20日にはツンデル自宅へ爆弾が届く[61]。その後、ツンデルはウェブサイトを立ち上げて主張を宣伝した。このウェブサイトに対する告訴に対して、2002年1月、カナダ人権裁判所カナダ人権法に違反しているとの判決を下した。2003年2月、アメリカ合衆国移民帰化局テネシー州において移民法違反の容疑でツンデルを別件逮捕し、数日後カナダに身柄を送還した。そこでツンデルは難民認定を受けようとしたが、ツンデルは2005年1月まで拘留され、11月にドイツで起訴された[1]


1990年代以降

1993年には、当時マックス・プランク研究所の臨時職員であったゲルマー・ルドルフの「ルドルフ・レポート」がロイヒター・レポートと同様の結論を提示した。批判としてはインターネット上で発表された Richard J. Green のものがある。レポート内でルドルフは「化学を用いてもホロコーストの存在を科学的に立証することはできない」と、化学的な論争を回避している。「ルドルフ・レポート」は極右運動家のオットー・エルンスト・レーマーの裁判において被告側の弁護資料として用いられた。

1998年、アメリカの歴史家デボラ・リップシュタット英語版は著書『ホロコーストの否認[74]』 において、アーヴィングが意図的に事実をゆがめて書いていると非難した。これに対してアーヴィングが彼女と出版社のペンギン・ブックスを提訴したが、訴えは棄却され、裁判所ではリップシュタットの考察が正しいと認定された[75]アーヴィング対ペンギンブックス・リップシュタット事件)。

1998年10月、ユダヤ系の The Scribe誌は「神の存在を否認する者は罰せられるべきである」「ホロコーストへの正しい態度とは、神の敵であるわれわれの敵に罰を与えることである」として、否認論者こそが「われわれの敵」であり、この人々は「ホロコーストに関与し、参加したとみなされるべきである」し、否認論者の頭には「死刑宣告」とある、と述べた[76]

フランスではホロコーストの否認は1990年代に否認主義 (négationnisme) として顕著になってきたが、この動きは遅くとも1960年代にはピエール・ギヨーム (Pierre Guillaume) などのフランス左翼政治家の中に存在していた[77]。1990年代には、フランス共産党の理論的指導者であったフランスの左翼系哲学者ロジェ・ガロディ(Roger Garaudy)が、「ガス室」をはじめとする従来の「ホロコースト」言説に疑義を提出し、イスラエルが政治的にこの言説を利用してきたと論じた。近年、フランスでは左派右派を問わず、否認論が広く展開している。その主張はホロコーストを越えて広がり、戦後それを最大限に利用してきたイスラエル批判にも繋がっている。この中には「ユダヤ人資本家」への批判、聖書にあるカナン人虐殺への指摘、シオニズムに対する批判などが含まれる[78]

1990年代半ば以降、インターネットが大衆化するにつれてホロコースト否認論者やその他のグループを含む多くの組織が新たに国際的な登場をしてきた。他方、1970年代後半から頻発した否認論者への暴行や関係出版社への放火なども多発し続けた[61]1996年9月にはイギリスの歴史評論社印刷所に爆弾放火が行われ、1999年1月16日にはバルセロナの書店Libreria Europaが放火された[61]


2000年代

2000年代に入り、ある重要な出来事によって、ホロコースト否認論者は核心的な論拠を失った。それはアーヴィングの転向である。オーストリアでは、公共の場におけるホロコースト否認は犯罪であり、アーヴィングが1989年に行った演説を理由に逮捕状が出されていた。2006年、アーヴィングはホロコースト否定の罪によって、オーストリアにおいて起訴され、その場において、「私は1989年にホロコーストを否定したが、1991年にアイヒマン論文を読んでからは認識を改めた」「ナチスは数百万人のユダヤ人を殺した」「具体的な数字は知らない。私はホロコーストの専門家ではない」と、自らの否定説を撤回する発言を行ったものの、3年の懲役刑を受けた[79]。オーストリア内務省の決定で、アーヴィングは国外退去処分とされた。アーヴィングは自由の身となったが、その後自らの転向を取消したという情報はない。


「ホロコースト産業」論

ユダヤ人指導者がホロコーストを利用して金銭的または政治的な利益を得ており、「ホロコースト産業」 (Holocaust industry) や「ショアー・ビジネス」 (Shoah business) という用語もある。たとえば、1996年、スイスの主要銀行に対し、ホロコースト犠牲者のものとされる休眠口座に眠る預金の返還を求めるユダヤ人の集団訴訟が起こされた。1997年、ドラミュラ大統領兼経済相は「あたかもスイスにもかつて強制収容所があり、ホロコーストの主犯であったかのような非難だ。賠償金の要求はまるで脅迫のようなもの」として、これを「ゆすり・たかり」と非難したが[80]、イスラエルやアメリカの圧力を受け謝罪を余儀なくされる。1998年、休眠口座の調査は続行中だったが、銀行側が今後支払い要求に応じないことを条件に12億5千万ドルを支払うことで政治決着した。2001年10月13日、英紙タイムズはスイスの独立請求審判所による調査の結果を報じ、それによれば休眠口座の総額は6千万ドル程度に過ぎず、ほとんどは少額で、処理した10,000 件近い請求のうち確認できた口座は200件だった。

ユダヤ人政治学者ノーマン・フィンケルスタインは、2002年、このようなユダヤ人団体の行動をホロコーストを利用して利益を得るものとして批判する『ホロコースト産業』を著した。このユダヤ人団体などからホロコースト否定論者とされ非難を浴びた。しかし、フィンケルスタインは『ホロコースト産業』において「ホロコーストを利用して利益を得るユダヤ人団体」を批判したのであって、ホロコースト否定論を唱えている訳ではない。著名なホロコースト研究家であるラウル・ヒルバーグや、ユダヤ系であるノーム・チョムスキーはこのような見解を支持している[81]。一方で「産業論」はホロコースト否定論者に好意的に用いられることもしばしばある。

また、ホロコーストはユダヤ人にとって道徳的優位の道具として用いられているという言説はしばしばある。1987年、ベルリン自由大学教授エルンスト・ノルテが「過ぎ去ろうとしない過去」で、ホロコーストは歴史上の多の虐殺と大して変わらないものであるのに、かつて迫害されたユダヤ人はいまでは「永く特別に取扱われ、特権化されている」などと述べ、論争となった(歴史家論争[82]1988年2月10日にはノルテ教授の車が放火される[61]。また1998年には作家のマルティン・ヴァルザーフランクフルト書籍見本市の平和賞受賞講演で、ホロコーストがドイツ人に対して「道徳的棍棒」として使われていると述べて元ドイツ・ユダヤ人中央評議会議長イグナツ・ブービスとの間に「ヴァルザー論争」が起こった[83]。彼らもホロコーストの存在自体を否定したわけではないが、否定論者には彼らの言説が、ホロコーストがユダヤ人に利益にもたらしている証明として、しばしば利用されることもある。

2001年2月にドイツのシュピーゲル誌が発表した世論調査結果によると「ユダヤ人団体は、自身が利益を得るために、独に対し過度の補償要求をしていると思うか」との設問に対し、ドイツ人の15%がそうだと答え、50%が部分的にせよそうだ、と回答している。また2003年12月に行われたイギリスのガーディアン誌の世論調査では「ユダヤ人は自分たちの利益のためにナチス時代の過去を利用し、ドイツから金を取ろうとしているか」という質問に全体の1/4が「そう思う」と返答し、1/3が「部分的だが真実」との認識を示すなど「ホロコースト産業」論も現在のドイツにおいて広く受け入れられている。


イスラム圏における概況

イスラム教国家においては、ホロコーストに対するユダヤ人への同情論が、結果的にシオニズムの容認とパレスチナからのパレスチナ人追放へと繋がったとする反発から、ホロコースト否認論が近年台頭してきている。中東では、パレスチナの政治グループだけでなくシリアイランの政府の人間がホロコースト否認を表明しており[84]、2005年にはイランアフマディーネジャード大統領が「ホロコーストは無かった」などとホロコーストを否定する発言を行って非難を受けた。

ホロコースト否認論はイスラム世界では比較的新しい動きである。名誉毀損防止同盟 (ADL) の副理事ケネス・ジェイコブソン (Kenneth Jacobson) はハアレツ (Haaretz) 紙のインタヴューに応えて次のように述べている。

西側の学者によるホロコースト否認論を適用することはイスラム世界において比較的新しい現象である。彼らの姿勢は、ホロコーストが起こったことは真実だが、パレスチナ人がその代償を負担するべきではないという極めて当然のものである。

ファタハの協同設立者の1人でパレスチナ解放機構の指導者の一人であるマフムード・アッバースはモスクワ東洋大学で1982年に歴史学の博士号を取得したが、学位論文は『ナチスとシオニスト運動の指導者との秘密の関係』と題するものであった[85][86]。なお、ソ連は1960年代からナチスとシオニスト指導部との秘密の結び付き (en:Zionology) を主張し、それを押し進めてきていた。彼がその博士論文を基に1983年に書いた『もう一つの顔: ナチスとシオニスト運動との秘密の関係』 では次のように述べられている。

シオニスト運動の関心事は (ホロコーストの死者) を誇張し、それによって利益を拡大することにあるようだ。これは彼らが国際的世論とシオニズムとの連帯を勝ち得るために (600万という) この数字を強調させる動機になっている。多くの学者がこれまでに600万という数字について議論し、ユダヤ人の犠牲者数を数十万人に修正するという驚くべき結論に達した。[87]

アッバースはまた、2006年3月にハーレツ紙のインタヴューでこう述べている。

私はホロコーストについて詳細に書いており、数字について議論するつもりはないと言っている。私は歴史家の議論を引用したのであって、そこではさまざまな数の犠牲者が言及されていた。ある者は1200万人と書き、ある者は80万人と書いていた。私にはその数字について論争しようとは思っていない。ホロコーストはユダヤ民族にとって恐ろしくかつ許すことのできない犯罪であり、人間には受け入れることの出来ない類の人道に対する罪である。ホロコーストは恐ろしいことであって、私がそれを否認したなどとは誰にも言わせない。[88]

ホロコーストの修正は、現在、様々なアラブ人指導者によって恒常的に宣伝され、それが中東全域の各種メディアを通じて広まっている[89]。2002年8月にはアラブ連盟のシンクタンクで、アラブ首長国連邦副首相のスルターン・ビン・ザーイド・アル・ナヒヤーン (Sultan Bin Zayed Al Nahayan) が議長を務めるザーイド協同追求センター (Zayed Center for Coordination and Follow-up) がアブダビでホロコースト修正シンポジウムを開催した[90]ハマースの指導者たちもまたホロコースト修正を宣伝している。

2005年12月の演説で、イランの大統領マフムード・アフマディーネジャードはホロコーストがイスラエルを守るために広められた「おとぎ話」だと述べ、国際的非難の新しい波を誘った。「彼らはユダヤ人の虐殺の名の下に伝説を捏造し、神よりも、宗教よりも、預言者たちよりも高い位置にそれを捧げ持っている」と述べ、またユダヤ人を迫害したのはドイツやオーストリアとして、迫害の責任を負うのはイスラエルの国家のために土地を手放しているパレスチナ人ではなくドイツやオーストリアであり、イスラエルはこれらの国々に移転するべきだと主張した。さらにイスラエルのユダヤ人をアメリカ合衆国に移住させることを提案している[91]

2006年4月24日には、「究極の真実を明らかにするために」ホロコーストの真の規模を独立の立場から再び査定することを求めた[92]。米国ではイスラム教徒公共問題協議会en:Muslim Public Affairs Councilがアフマディーネジャードの発言を非難した[93]。同年12月にはテヘランで、ホロコーストの存在に否定的・懐疑的な立場を取る著名人・識者を集めたホロコースト・グローバルヴィジョン検討国際会議が開かれた。一方、ハマースの政治指導者であるハーリド・マシャアル (Khaled Mashal) はアフマディーネジャードの発言を「勇敢だ」と評価し、「イスラム教徒はイランを支持するだろう。それはイランが彼らの想い、特にパレスチナの人々の想いを言葉にしてくれるからだ」と述べた[94]

2007年1月26日国連総会本会議は、ホロコーストの「全面的、部分的否定」を非難し、すべての加盟国に対してホロコーストの否定とそのための活動を禁止する措置を執ることを勧告する決議案が103カ国の共同提案によって提出された。この決議は投票なしで採択されたが、イランは不参加で「偽善的」と批判した[95][96]


日本における概況

日本においては、フォリソンなど欧米の否認論者の言説を紹介する形で否認論が展開された。ユダヤ陰謀論論説で知られる宇野正美もしばしばホロコースト否認論説を著書に残している。

1994年にはジャーナリストの木村愛二が雑誌『噂の真相』に「シンドラーのリストが訴えたホロコースト神話への大疑惑」と題した記事を寄稿した[97]。1995年には著書『アウシュヴィッツの争点』(リベルタ出版)を発表、言論規制の動きに警鐘を鳴らした。木村の問題提起に触発された本多勝一は、一時的にではあるがホロコースト見直し論に関心を抱き、当時、本多が編集長を務めていた『週刊金曜日』に木村による連載を企画した。


マルコポーロ事件

  • 1995年、当時厚生省職員であった医師の西岡昌紀が「ナチ『ガス室』はなかった」という記事を『マルコポーロ』誌に掲載したことが国際的非難を呼び、最終的に『マルコポーロ』紙は廃刊となった(マルコポーロ事件)。記事の中で西岡は「ナチス・ドイツがユダヤ人を迫害した事は明白」として当時のドイツのユダヤ人政策を支持する立場ではないことを明確にした上で、ドイツはユダヤ人を迫害したが「絶滅」までは計画しておらず、収容所でユダヤ人が大量死した原因は発疹チフスなどによるもので、アウシュヴィッツ等の収容所に処刑のためのガス室は存在しなかった、連合国はそれら病死したユダヤ人の死体の映像をガス室の犠牲者であったかのように発表・宣伝した、等の考察を発表した。なお同記事は、数回のシリーズの第一回として書かれた記事であった。

江川紹子はマルコポーロ事件の直後、マルコポーロの西岡記事を支持しないと明言した上で、サイモン・ウィーゼンタール・センター文藝春秋に対して行なった広告ボイコットの手法を「民主主義の枠を超えている」と批判[98]、月刊誌『噂の真相』やジャーナリストの長岡義幸などもこの問題を巡る言論弾圧の空気を批判し、「ガス室」についての判断は留保しつつも、西岡を擁護している。木村愛二は『マルコポーロ』の記事がイスラエル建国とホロコーストの関係に全く言及していない点を批判している[99]

西岡自身はその後、パソコン通信上の発言と1997年の著書[100]において、細部の記述には誤りがあったと自ら認めつつ、ホロコースト否認の立場を維持、ホロコースト否認論者に対する言論規制の動きを「ファシズムと呼ぶべきもの」と呼んで批判した。

ジャーナリストの田中宇は、ホロコーストをめぐる言論状況について「常識と異なる結論に達したら「犯罪者」にされるというのは、分析が禁じられているのと同じ」であるし、またヨーロッパではホロコーストの事実性を検証の対象にすることさえ禁じられようとしていると指摘している[1]。また、シオニストの中でも過激派と、国際協調主義を労働党系の中道派(左派)とでは意見が対立していると指摘している[1]

2014年産経新聞が11月26日付の同紙東海・北陸版(約5000部)にホロコーストを否定する書籍の全面広告を掲載し、ユダヤ系団体「サイモン・ウィーゼンタール・センターより抗議を受け、謝罪を行った[101]

ホロコースト否認を規制する法律

国連では1965年に人種差別撤廃条約を採択、1966年には国際人権規約が採択された。同B規約20条2項には「差別、敵意又は暴力の扇動となる国民的、人種的又は宗教的憎悪の唱道は、法律で禁止する」とある。ホロコースト修正主義者は人種差別の罪で告発されることもある。否認論者はこれらは「表現の自由」の侵害であると主張しているが、欧州人権裁判所はガロディ裁判で「明確に立証されたホロコースト」に対して虚偽であるとして異論を唱えることは、人種主義とナチズムの復興をはかり、反ユダヤ主義を激化させる目的があると認定している。同裁判所は否認論の表現を認めることは、かえって人権の基礎となる正義と平和を侵害するものであるとしている[5]

ホロコースト否認は主に欧州の国において違法とされている。フランス(ゲソ法)、ベルギー (Belgian Negationism Law) 、スイス (刑法261条bis ) 、ドイツオーストリア (article 3h Verbotsgesetz 1947) 、ルーマニアスロヴァキアチェコリトアニアポーランド [102]ルクセンブルク などに存在する。イスラエルでも違法。カナダやイギリスでは、ホロコースト否認を禁止する法律はないが、名誉毀損や民族間の憎しみの助長やヘイトスピーチを禁止する法律がある。1997年には否認論者のガロディが、こうしたフランス国内の法律は「人権と基本的自由の保護のための条約」に違反しているとして欧州人権裁判所に救済を求めたが、同裁判所は全員一致でガロディの訴えを棄却している[5]。同裁判所はこの中で「ホロコーストは明確に立証された歴史的事実」であるとしている。

ドイツ・オーストリア・フランスでは「ナチスの犯罪」を「否定もしくは矮小化」した者に対して刑事罰が適用される法律が制定されているが、人種差別禁止法によって「ホロコースト否定」を取り締まる国もある。

1994年からドイツでは「ホロコースト否定」が刑法で禁じられており、違反者は民衆扇動罪(第130条)で処罰される。オーストリアにも同様の法律がある。なお「民主主義に敵対する言論や結社の自由は認めない」という理念は極右と極左の双方に向けられており、旧西ドイツの最高裁判所は1956年にドイツ共産党に対し解散命令を下した。これはドイツが第二次大戦の教訓から「自由の敵には自由を与えない」「不寛容に対しては不寛容を以て当たる」とする、いわゆる「戦う民主主義」を採ったためである。

2003年のヨーロッパ委員会による「サイバー犯罪条約への追加議定書」[103]では、人種差別的で排外主義的な行為の犯罪化に関する協約で、第6条に「大量虐殺や人道に対する罪の否認、著しい矮小化、是認、正当化」が上げられているが、まだ法律化されていない段階にある。

またこれらの国では、ナチズムに関するナチの象徴なども禁止している。加えて、ホロコースト否認を特別に禁止している国々では、ヘイトスピーチを禁じるなど、公的な場での発言を制限する法体系が存在していることが指摘されている。グッテンプラン (D. Guttenplan) によると、これは「米国やイギリス、元イギリス植民地のような判例法 (Common law) の国々と、大陸ヨーロッパの大陸法 (Civil law) の国々との違いである。大陸法の国々では法律は一般により規範的である。また、大陸法の体制下では、裁判官はより多く尋問者として振舞い、証拠を分析するほかに証拠を集めたり提示したりする。」[104]

2004年にはイスラエルで、外国に対して「ホロコースト否定論者」の身柄引渡しを要求できる「ホロコースト否定禁止法」が制定された。 ホロコースト犠牲者は100万人に満たないという内容の博士論文を書いたことがあるパレスチナ解放機構事務局長マフムード・アッバース(前首相)を標的として極右政党国民連合が提出した法案であった[105]

2007年1月26日国連総会本会議には、ホロコーストの「全面的、部分的否定」を非難し、すべての加盟国に対してホロコーストの否定とそのための活動を禁止する措置を執ることを勧告する決議案が103カ国の共同提案によって提案され、可決された。ただしこの勧告に強制力はない[96]


脚注

[脚注の使い方]
  1. ^ a b c d e f g 田中宇ホロコーストをめぐる戦い」2005年12月20日
  2. ^ a b c d e f g h i j k l 松浦寛「ロベール・フォリソンと不快な仲間たち――歴史修正主義の論理と病理――」「上智大学仏語・仏文学論集」2000年3月
  3. ^ a b c d 『ホロコースト大事典』ウォルター・ラカー、柏書房、2003年10月30日、564頁。
  4. ^ 芝健介 2002, pp. 23.
  5. ^ a b c d e f 光信一宏 2009, pp. 58-61.
  6. ^ a b c 光信一宏 2009, pp. 68.
  7. ^ a b c d e f g h 光信一宏 2009, pp. 62.
  8. ^ 「ホロコースト見直し論の父」といわれるポール・ラッシニエもフランス共産党を経てフランス社会党に入った左翼であると紹介されている(松浦寛 2000, p. 110-111)。また、左派とナチズムやファシズムは必ずしも敵対するものではなく、フィリップ・フューランが指摘したフランスの代表的なファシストはいずれも左派の出身であった(松浦寛 2000, p. 111)。またラッシニエが所属していた社会党内の派閥はレオン・ブルムと対立しており、反ユダヤ主義が猖獗していた(松浦寛 2000, p. 111-112)。
  9. ^ 松浦寛 2000, p. 110-111、125.
  10. ^ 松浦寛 2000, p. 111-112.
  11. ^ ラッシニエが所属していた社会党内の派閥はレオン・ブルムと対立しており、反ユダヤ主義が猖獗していた(松浦寛 2000, p. 111-112)
  12. ^ 光信一宏 2009, pp. 63-64.
  13. ^ 光信一宏 2009, pp. 59.
  14. ^ 光信一宏 2009, pp. 61.
  15. ^ ロイヒターはボストン大学「Bachelor_of_Arts_degree」(文学史の学位)を取得し、電気椅子などの死刑執行関連の器具販売会社を経営していた。
  16. ^ a b Cracow (Port-Leuchter) Report: Table VII”. web.archive.org (2019年12月28日). 2020年9月29日閲覧。
  17. ^ Negationism is the denial of historic crimes. The word is derived from the French term Le négationnisme, which refers to Holocaust denial.
  18. ^ Omer Bartov, The Holocaust: Origins, Implementation and Aftermath, Routledge, p.12
  19. ^ 1969年にアーヴィングは、ウィンストン・チャーチルポーランド亡命政府ヴワディスワフ・シコルスキ将軍を殺害したとするドイツ人劇作家ロルフ・ホッホヒュース (Rolf Hochhuth) の発言を支持した。この際、デイリー・テレグラフ紙は記者全員にメモを回し、今後はアーヴィングを「歴史家」ではなく「作家」と位置付けるよう指示した。Richard Ingram Irving was the author of his own downfall Archived 2007年12月20日, at the Wayback Machine. in The Independent 25 February 2006.
  20. ^ イギリスのニュースメディアにおいてアーヴィングを「修正主義者」とした例。
  21. ^ Michael Shermer and Alex Grobman, Denying History: Who Says the Holocaust Never Happened and Why do they Say it? University of California Press
  22. ^ Why Did the Heavens Not Darken?: the "Final Solution" in History, (Pantheon Books, 1988).
  23. ^ http://www.holocaustchronicle.org/StaticPages/149.html
  24. ^ 木畑和子 1989, pp. 259.
  25. ^ Sandner (1999): 385 (66 in PDF) Note 2. The author claims the term Aktion T4 was not used by the Nazis but was first used in the trials against the doctors and later included in the historiography.
  26. ^ 佐野誠 1998, pp. 4.
  27. ^ 佐野誠 1998, pp. 6.
  28. ^ 木畑和子 1989, pp. 262.
  29. ^ 佐野誠 1998, pp. 7.
  30. ^ 宮野彬 1968, pp. 131.
  31. ^ 宮野彬 1968, pp. 128-129.
  32. ^ ヒトラーは10月末日にこの命令書に署名している(宮野彬 1968, pp. 128-129)。
  33. ^ 木畑和子 1989, pp. 246.
  34. ^ 木畑和子 1989, pp. 279-280.
  35. ^ a b 南利明 & 1995-11, pp. 187.
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  45. ^ a b c アウシュビッツ収容所. 講談社. (1999年8月10日)
  46. ^ 灰は、焼却が休みなく続けられる間にも、炉棚から下に落とされ、はこび出されて粉砕される。骨粉は、トラックで、ワイクセル(ウィッスラ)河にはこばれ、スコップで河に投げ込まれる。(p.409)
  47. ^ 例えば歴史見直し研究所のホロコーストに関する疑問リストを参照。
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  73. ^ 判決ではヴァーラルの著書『本当に600万人も死んだのか?』については論評しなかった。
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  77. ^ ギヨームは1960年代にラ・ヴィエイユ・トープ (La Vieille Taupe) という出版社に関わっていた。
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  92. ^ アフマディーネジャードは最近、ロバート・フォーリソン のような有名なホロコースト否認論者たちを招き、「ホロコーストを検証」する会議を開こうとしているといわれている。イスラエル、ヨーロッパ、米国の政府高官は即座にこれを非難。イスラエル政府のある高官はパレスチナ問題に対する「ナチ式の解決」を提案したイラン大統領を非難した。ドイツ連邦議会の6つの政党全てがホロコースト否認論を非難する決議文に署名した。http://www.expatica.com/source/site_article.asp?subchannel_id=52&story_id=26268&name=German+parliament+slams+Ahmadinejad+remarks
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カテゴリ:

ホロコースト否認。

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

ホロコースト否認(ホロコーストひにん、ドイツ語: Holocaustleugnung英語: Holocaust denial)とは、ナチス・ドイツが行ったユダヤ人の組織的殺害である「ホロコースト」の一部もしくは全体を否認する主張。 これらの主張を支持する者を、「ホロコースト否認論者」という。ホロコースト修正主義ホロコースト見直し論[1]ホロコースト否定論[2]とも言う。


ホロコースト否定論は、600万人に近い数のユダヤ人が第二次世界大戦中、ナチスによって虐殺された、という歴史的事実を否定することを核心に置いた現象である。この場合、否定はホロコーストの事実をはっきり否認することの他、該当の事件・事実を極小化・凡庸化・相対化することも含んでいる[3]。強硬派の否定論者ないし「修正主義派(レヴィジョニスト)」(と自己規定したがっている人びと)によれば、ユダヤ人絶滅は実際には起こらなかった[3]。ドイツ側当局はヨーロッパ・ユダヤ人の殺害をけっして計画しなかったし、ユダヤ人が虐殺されたという絶滅収容所なども建設したことも一度もなかった[3]。レヴィジョニストの見るところ、1939年-45年のユダヤ人死亡者数が、まず30万人以上ということはありえず、死因も通常は戦時の欠乏、困難、病気に帰せられるものであった[3]

否認論の概観

ホロコーストは第二次世界大戦の最中から噂として流れはじめ、1942年12月17日には西側連合国が「ドイツ政府がヨーロッパにおいて野蛮なユダヤ人絶滅政策を行っている」と非難した[4]。ドイツの占領地域やドイツ領が連合国によって解放され始めると、アウシュヴィッツ=ビルケナウ強制収容所ダッハウ強制収容所などで多くの被害者が発見され、世界に衝撃を与えた。ニュルンベルク裁判などの戦争裁判においてはナチス・ドイツが組織的にユダヤ人を殺害する計画を立てていたと認定され、多くの関係者が処刑された。ホロコーストは戦後の歴史家の研究対象となったが、こうした経緯の中で生まれてきたのが否認論である。

歴史学界における否認論の扱い

ホロコーストにより数百万人規模の計画的な殺戮が行われたこと、ホロコーストが中央で計画されたこと、およびホロコーストの実行におけるナチ指導部の役割のあったことは、膨大な物証、証言および文献によって、既に裏付けられているという認識が、近現代ヨーロッパ史の研究者における国際的な合意となっている[5][2] 。この状況をアメリカの歴史家デボラ・リップシュタット英語版は、「古代ローマの研究者がローマ帝国が存在したかどうかを論争したり、フランス史家がフランス革命の起きたことを証明したりするのと同じである」と述べている[6]

なお、ホロコースト否認論に基づく「論文」のうち、一流論文誌の査読を通過したものは1件もない。否認論者はこのことについて、ヨーロッパ等の歴史学会には否認論を研究する機会が無いためなどとして説明しようとする(2006年イランで行われたホロコースト・グローバルヴィジョン検討国際会議等)。一方でフランスの歴史家ピエール・ヴィダル=ナケは「ロックフォールチーズで出来ているなどと断言する『研究者』がいると仮定して、一人の天体物理学者がその研究者と対話するような光景を想像できるだろうか。歴史修正主義者(ホロコースト否定論者)たちが位置しているのは、このようなレヴェルなのだ」と形容している[6]

政治と否認論

ホロコースト否認は学術的な見解に反するのみならず、ヴィダル=ナケが「ドイツ・ナショナリズム、ネオナチズム、反共産主義反シオニズム反ユダヤ主義」が否認論の背景にあると分析しているように[7]ネオナチ等のナチズム再興を標榜する極右派の主要なイデオロギーとなっている。一方で左派出身者にも否定論者は存在する[8]。否認論者は左派であることが反ユダヤ主義者や人種主義者ではない証明であるとして、その「左派」さえ「否認論」を支持しているのだというかたちで「否認論」の正当性を主張しているが[9]、反ユダヤ主義を「右翼」のみに帰するのは余りに単純な図式化である[10][11]。また、大虐殺そのものは明確に立証されており、歴史学者の間で議論になっていない。このため主要なヨーロッパ諸国や、欧州連合の機関においては、公共空間におけるホロコースト否認は、単なる歴史研究ではなく、政治的な意図を持った「扇動」として扱われる(ただし、虐殺の原因、経緯、および犠牲者数には研究者の間で議論があり、それらの学術研究は法的に禁止されていない)[5]。これは、否認論者がしばしば口にする「真理の探究」という口実の裏に、「ユダヤ人による歴史の偽造に対する非難」と「ナチ体制の名誉回復」という真の目的および結果があるという見解によるものである[5]。ただし、犯罪としている国においても、出版などの言論において公共空間に表明することが違法とされており[12]、ホロコースト否認のための研究そのものが法的に禁止されているという事実は無い。

一方で、ドイツと交戦した国でも、イギリスやアメリカにおいては比較的寛容に扱われている。また戦後の中東問題で、イスラエルによる行為を非難する立場から、しばしば否認論が肯定的に取り扱われている。ロジェ・ガロディがフランスにおいてホロコースト否認による人種差別教唆罪に問われた際にも、欧州人権裁判所に対して「シオニズムとイスラエル政府を批判しただけ」と主張したが[13]、「彼の主張はこの範囲にとどまらず」「実際には明白な人種主義的な目的を持っている」として却下された事例[14]もあるように、否認論者側がイスラエルとシオニズム批判を否認論と結びつけることもある。

否認論の主張

ヴィダル=ナケは、否認論者の言論を次のようにまとめている[7]

ホロコーストに関して、生存者、目撃者、歴史家によって提出された証拠は圧倒的な量ではあるが、否認論者はそれに対して、その「矛盾」を指摘することにより、ホロコーストに関する「通説」の立証は十分ではないとして、その見直しをするべきだという立場をとる。彼らは主流であるホロコースト研究者を「大虐殺信奉派」「通説派」「定説派」などと形容している[2]

しかし否認論者の主張は学界では認められていない[2][5] 。彼らはしばしばそのこと自体を「定説派」が世界を不当に支配している証拠として主張している。しかし一般には否定論者が史学的な検証姿勢を持っていないことが指摘されている。

中東研究家で、ユダヤ関係の著作を持つ滝川義人は否認論者の行動パターンを「あらかじめ決めていた結論に一部分の事実をはめ込み、逆にその結論と矛盾する事実はすべて無視し」「小さな誤認や食い違いを、歴史をひっくり返す大発見とはやし」「当時は不可能だった対応がなかったのはそれがなかった証拠とし」「相手には厳密な証明を求めるのに、自分の意見には因果関係を証明せず、ハーフトゥルーズの世界をつくりあげる」と指摘している[2]。例えば、エルンスト・ツンデル英語版などの否認論者は、フレッド・ロイヒター英語版がアウシュヴィッツのガス室跡地を調査したが、シアン化物の痕跡は見つからなかったとするロイヒター・レポートを、「強制収容所にガス室は無かった」と主張する上で重視している。しかしロイヒターは化学の専門家でもなく[15]文献資料も無視しているため、ツンデル裁判においては証拠としての価値を認められなかった。一方で1994年にクラクフ医科大学のヤン・マルキェヴィチのチームが行った調査では、ガス室の跡地からシアン化物が発見されたという報告があるが[16]、否認論者がこの調査を重視することはない。また否認論者が行う主張においては、『アンネの日記』などの「定説派」の文献のみならず、ポール・ラッシニエ英語版といった「否認論の先駆」である著書の文脈無視、改竄などをおこなっていることも指摘されている[2]

学会ではほとんど評価されない否認論者は、論争を行うことによって世間の耳目を集める戦略に出ている[2]。アメリカの懐疑論者マイケル・シャーマーは、フランスの否認論者ロベール・フォリソンフランス語版が「餌をまいて『大虐殺信奉者』と彼が呼ぶ相手を引き寄せることを好む」と指摘している[2]。こうした「論争」によって否認論者が主張を変更したことはほとんど皆無である。フォリソンは「たったひとつでいい、たったひとつでも証拠を見せてほしい」というフレーズを好んで用いているが、「どういったものを証拠と考えているのか」というインタビュアーの問いにはついに答えなかった[2]。リップシュタットは「否認論者とは議論しない」という原則を揚げているが、これは否認論者が議論においてホロコーストがあったか無かったかという二項対立に持ち込むことで、否認論があたかも重要な価値を持つかのように誤認させる目的があるためだとしている[2]

「修正主義」であるという主張

ホロコースト否認論者、または「ホロコースト修正主義者」は、「否認論」または「否認主義」という用語[17]について、ホロコーストそのものを全否定している印象を与えるとして、それを拒否し、「修正主義者」を自称している。一方で、ホロコースト否認、または「ホロコースト修正主義」を批判する研究者は、「ホロコースト修正主義者」による「修正主義」という用語に対して、故意にミスリードするものであると指摘している[18]

これは「否認論」は自分が予想した仮説を支持する証拠のみを採用し、史実をなおざりにするという印象を与える用語であるのに対して、修正主義は、新しく発見されたより正確でより客観的な情報によって歴史の事実を新しく書き換えていくことを目的とし、それまで受け入れられていた歴史を再び調査・検討しようとする態度を示しうるためであるとしている。

「ホロコースト修正」の立場を主張する論者は、適切な修正主義的原則をホロコースト史に適用すべく努めているとし、この視点において「ホロコースト修正主義」という用語が適切であると主張している。「ホロコースト否認論」の用語は「戦後のホロコースト観が描写するようなホロコーストは起こっていないとする論説」に用いるのに対して、「ホロコースト修正主義」という用語は、一次史料などからホロコーストの諸側面を考察するのに用いられる通常の史学的態度に使用されるとしている。一方で、この言説は、主流であるホロコースト研究においても大虐殺の詳しい原因(意図説・機能説論争)、ホロコーストの経緯、犠牲者の正確な数などなお研究者の問で意見・解釈の分かれる論点が多く存在している[6]ことを無視している。

彼らが主張する「ホロコースト否認論」と「ホロコースト修正主義」の区別は一般的に受け入れられていない。2006年2月に独学の歴史家・作家[19]デイヴィッド・アーヴィングがホロコースト否定を理由にオーストリアで有罪判決を受けた時、イギリスのニュースメディアはアーヴィングに対して「修正主義者」という用語を頻繁に使用するなど[20]、「歴史修正主義英語: Historical revisionismには史学的な手法をとらず、過去の歴史を否定することを目的とする人々への形容詞や蔑称としても扱われるようになっている。

主張と批判

アインザッツグルッペン報告書「秘密帝国問題」。1941年12月
ヘフレ電報。親衛隊大隊指揮官ヘフレからアイヒマン宛て、1943年1月11日付。2000年イギリス国立公文書館で発見された。
ポーランドでの囚人処刑に関するヒムラーからヒトラーへの報告書第51号(1942年12月)

否認論者によってしばしば主張される言論詳細を以下に記す。ただし全ての論者が同一の主張をしている訳ではない[21]


ホロコースト否認 ホロコースト否認を批判する立場
計画性 戦後、連合軍がドイツで押収したドイツ政府公文書の中に、ドイツ政府指導者が「ユダヤ人絶滅」を決定・命令した文書は、発見されていない。ヒトラー署名の命令書、すなわちドイツやポーランドのユダヤ人を殺害する特別命令、総統命令は発見されていない。

残された公文書には殺害という字句を使用していない。ヴァンゼー会議の状況においても、ナチス政権上層部のホロコーストに帰着するような殺害命令は存在していない。 公文書群の中には、アウシュヴィッツなどに収容したユダヤ人を戦後、ロシアに移住させる計画案がある。これは収容所の建設目的が「ユダヤ人絶滅」ではなく、ソ連を打倒した後に、ユダヤ人をロシアに強制移住させるための準備であったことを意味している。「最終的解決」と言う用語も、戦後の強制移住計画を指していたことが読み取れる。だがソ連戦線の崩壊とともに移住計画は頓挫し移住による「最終的解決」は不可能となり別の解決策が模索された。 当時のドイツ政府は「ユダヤ人絶滅」計画のための予算を全く計上していなかった。だがその予算表にはユダヤ人から接収した資産は計上されておらずその接収資産をそのままユダヤ人対策の予算として使っていた証拠の一つとなっている ドイツは確かにユダヤ人を差別、迫害したが、その状況の下においても、ユダヤ人を虐待したドイツ人を処罰する場合もあった。

  • ホロコースト否認論を批判する人々は、ナチスの文書には彼らの行動を扱う時には「殺害」や「死」といった明確な用語を用いているものはほとんどない点に関し、ナチスの人間はほぼ常に「ユダヤ人の絶滅」でなく「ユダヤ人問題の最終的解決」といった暗示的な言い回しを使って話したり書いたりしていたと主張するが、実際問題殺害や絶滅を謀った事を窺える史料が決定的に欠けている。
  • プリンストン大学名誉教授でユダヤ人のアーノ・メイヤーは(1)ドイツははじめからユダヤ人を絶滅する計画ではなかった。(2)アウシュヴィッツで死亡したユダヤ人の多くは故意の殺害ではなく、病死や飢餓の犠牲者であった、と述べている[22]
  • ヨーロッパのユダヤ人を殺害する意図に関してヒトラーの発言の中で最も多く引用されるのは1939年1月30日ドイツ帝国議会演説であるが、後にも先にその1度きりである。
本日、私はいま一度預言者となろう。もしヨーロッパ内外の国際的ユダヤ人資本家が諸国を再度の世界戦争に陥れることが成功したら、その結果は地球のボリシェヴィキ化やそれによるユダヤ人の勝利ではなく、ヨーロッパのユダヤ人の全滅である。[23]
ホロコースト計画は官僚的だったドイツ政府ドイツ軍によって詳細に文書化されており、何カ国もの間で長年にわたって指揮統括組織によって行われた一大事業であった。ナチスは敗色が濃厚となるとホロコーストの証拠を消し去ろうと試みたが、戦争終盤のナチスの戦力は急速に崩壊したため証拠消滅は不成功に終わった。戦後、何トンもの文書が見つかり、各地の強制収容所の近くに掘られ多数の死体が投げ入れられた穴からは死体が完全には腐敗しない状態のまま発見された。物的証拠や文書証拠の中には、殺されたユダヤ人の数に関するナチスの報告書、収容所へユダヤ人を搬送した列車の記録、何トンものシアン化合物やその他の整理された毒物、写真、フィルム、破壊されずに残った収容所の構造物そのものが含まれている。
  • ナチス・ドイツにおいて、当初ユダヤ人の国外追放政策がとられていたこと自体は事実である。フランス占領後にはユダヤ人をマダガスカル島に追放し、管理するというマダガスカル計画が建てられていたが、戦局の悪化とともにこの計画は中止された。否認論者の言及は、戦局の影響による政策の変化という観点を無視している。またソ連東部は「東方生存圏」としてゲルマン民族による植民が行われる構想があった土地であり、親衛隊による民族ドイツ人の植民計画が立てられていた(東部総合計画)。
  • ヒトラーがホロコーストを知っていたということを立証するためには総統命令は必要不可欠なものではない、ヴァンゼー会議に付随した書類、特別行動部隊の報告書、その他の一次資料はナチス指導部上層の大半が中央集権化されたホロコースト計画を理解していたことを圧倒的に証明している。またヒトラーは総統命令を文書化しないことや、あるいはその意図すら明確に伝達しないこともしばしばある。「長いナイフの夜」や「水晶の夜」は明確なナチスによる迫害行動であるが、事前に総統命令が文書によって行われたわけではない。
  • ルブリンの親衛隊大隊指揮官ヘルマン・ヘフレ1943年1月11日にベルリンの親衛隊上級大隊指揮官アドルフ・アイヒマンに宛てて送ったヘフレ電報では、ラインハルト作戦 の最初の年である1942年ルブリンマイダネク強制収容所)、ベウジェツ強制収容所ソビブル強制収容所トレブリンカ強制収容所の4箇所の強制収容所で合計1,274,166人が死亡と報告されている。電報にある数字は、親衛隊統計官のリヒャルト・コルヘア博士が1943年1月18日に親衛隊長官ヒムラー命令により作成され同年3月に発表したとされるコルヘア報告の内容と合致する。コルヘア報告では、事実かどうかは別として、控えめな数字として総勢2,454,000人のユダヤ人の大半が収容所に追放され、一部がアインザッツグルッペン(特別行動部隊)によって殺害されたと報告している。
  • アインザッツグルッペンA隊長が1941年12月に作成したと主張されている報告書「秘密帝国問題」の地図は、バルト海沿岸地域で処理した可能性もあるユダヤ人の数を現しており、下部には「いまだ我々の手元にいるユダヤ人の推定数は128,000」と書いてある(特別行動部隊の報告書中これは突出して大規模な報告)。
  • ホロコーストはドイツやドイツの占領地域に進攻した連合軍第二次世界大戦の終わりまでドイツに追従していた枢軸軍によっても数十件目撃されている。提出された証拠の中には、連合軍が収容所に踏み込んだ時に解放された囚人達や付近の住人(その中には収容所内で労働する者もいた)の証言の他に、収容所の存在を示したフィルムやスチル写真も存在している。
  • ナチ支配下においては、「総統命令の秘匿」および「人道犯罪の隠蔽」は日常的であった。障害者、同性愛者および労働不能者などに対する組織的な大量虐殺[24]は、T4作戦(戦後の呼称)[25]として既に1939年より行われており[26]、ガス殺も主要な手段の一つとして用いられていた[27]。それは続く14f13作戦に発展し、「社会的に不要な存在」として虐殺される対象は段階的に拡大した[28]。T4作戦の延長がホロコーストであり、その手法はホロコーストに応用された[29]。T4作戦もまた法制化されておらず[30]、ヒトラーによる文書命令は秘密裏になされた[31][32][33]。また、この作戦の関係組織には徹底したカムフラージュが行われていた[34]
  • ヒトラーは「ユダヤ人種の殲滅・・・」演説を、第二次世界大戦開戦前夜のこととしてしばしば引用して語っているなど、ユダヤ人への宣戦布告として認識していた[35]。またヒトラーは1920年8月23日に「ユダヤ人は寄生動物であり、彼らを殺す以外にはその被害から逃れる方法はない」と演説したことや[36]、1934年1月21日にチェコスロバキア外相フランティシェク・チヴァルコフスキー英語版に対して「我々はユダヤ人を殲滅するつもりである」などと述べた例など、ユダヤ人絶滅ととれる発言を行ったことは一度きりではない[35]
ガス室
  • アウシュヴィッツ=ビルケナウ強制収容所ルブリン強制収容所では青酸ガスを用いたガス室が使用されたとされる。青酸ガスを用いたガス室はアメリカ合衆国死刑執行の一手段として使用されてきた。ところが、その米国の経験では青酸ガスを用いたガス室処刑は致死量の22倍ものガスを一人の処刑に使用しており、高価な処刑方法とされ、経済的には非合理的[要出典]である。
  • 青酸ガスの発生法として、米国ではポット法と呼ばれる希塩酸もしくは希硫酸とシアン化カリウムを反応させる方法が採られているが、アウシュヴィッツ=ビルケナウ強制収容所やルブリン強制収容所では、パルプなどに青酸ガスを吸着させたツィクロンBを投入する方法が採られたとされている。しかし、ツィクロンBからの青酸ガス遊離は時間がかかり、処刑時間が余りにも長時間に及ぶ[要出典]。また、ガス室の換気にも長時間が必要で、非効率である[要出典]。このような方法を大量殺人の手段に選んだとする主張は不合理である。
  • トレブリンカ強制収容所ソビブール強制収容所ベウゼツ強制収容所ヘウムノ強制収容所の4収容所では、「ディーゼル・エンジンによって一酸化炭素を発生するガス室」が存在したとされている。しかし、ディーゼル・エンジンは一酸化炭素をほとんど排出しないことが特徴であり、この話は科学的に不合理[要出典]である。『ディーゼル・エンジンも、排気口を一部塞いで不完全燃焼させれば一酸化炭素を排出するが、ガソリン・エンジンを使えばはるかに多くの一酸化炭素が得られる。なのに、わざわざディーゼル・エンジンを選択する理由はソ連からの鹵獲品のディーゼルエンジンが大量に存在したからである』という主張がある[要出典]が、ソ連から鹵獲したディーゼルエンジンとはどの形式のエンジンをどれだけの数量いつどこれどのようにして鹵獲したのか一切明らかにされていない。
  • アウシュヴィッツ(ビルケナウを含む)で「処刑用ガス室」として公開されてきた複数の部屋の壁などを化学分析した結果、対照(コントロール)として採取された殺虫用ガス室にからは1988年においても高濃度のシアン化合物が検出されたのに対し、「処刑用ガス室」からはほとんど検出されなかった(『ロイヒター・レポート』)。この分析結果は、その後ロイヒター・レポートに批判的な立場から同様の化学分析を追試したポーランドの法医学グループの報告によっても裏付けられている。この分析結果は戦後の通説と矛盾[要出典]している(ポーランドのグループは分析においてロイヒター・レポートを批判している)。
  • ソ連軍が押収したドイツ側文書の中に、処刑用ガス室の設計図は発見されていない。
  • 戦後、ポーランド当局がアウシュヴィッツ(ビルケナウを含む)で処刑用ガス室として公開してきた複数の部屋は、設計図上は病死者などの死体を安置する死体安置室(Leichenkeller)として設計されていたことが、図面から読み取れる。このことは、これらの設計図を検証したフランスのガス室肯定側研究者プレサック自身が認めている[要出典]。プレサックは、設計段階と建設後に使用目的が変更されたという解釈を述べているが、それにしては目的に沿わない中途半端な改造であり非合理である。
  • ガス室で殺された死体を病理学者もしくは法医学者が、解剖と化学分析によって証明した医学論文・報告は存在しない。一酸化炭素による死体を発見したと主張したソ連の文書がある[要出典]が、医学的記述ではなく、死体の解剖記録をソ連は提出していない。また、カチンの森事件で、ソ連が虚偽の法医学報告をしていたことを考えると、医学的記述がないこの文書には信用性がない。
  • 戦後語られてきたガス室の目撃証言には、相互の矛盾や内容の変遷が多い。収容所に収容されたユダヤ人やレジスタンスの中には、ガス室の存在に否定的な証言をした生存者がごく少数存在し、また自身の証言を後に撤回した証人もいたが、彼等の発言は無視され続けた[要出典]
  • ガス室およびツィクロンBは当初シラミ駆除のために設計、納品された。
  • ポール・ラッシニエのいた2つの収容所にはガス室が存在しないので、ガス殺人を目撃できるわけはない。ガス室が限られた収容所にしかなかったことは否認派がよく知っているはずである。
  • 青酸ガスの発生源として使われていたチクロンBはアウシュヴィッツ強制収容所ではガス殺を行う前から害虫駆除用として常備しており、このことはチクロンBは害虫駆除用としてのみ使われたという否認派の主張があるのだから、そのチクロンBを殺人用に転用しただけであるので、「高価だから使用するわけはない」という主張は妥当性を欠く。否認派はロイヒターレポートで、ガス室であったとされる場所にシアン化化合物が検出されていた理由を「その部屋で害虫駆除をしていたからだ」と説明するのに、殺人には高価だから使用しなかったであろうと説明するのは全くの矛盾である。また、米国において死刑囚を青酸ガスで確実にかつ安楽に死に至らしめるために致死量の何倍もの青酸ガスを使用するという「高級ホテル並み」の扱いを、ナチスが囚人に対して行ったとは考えられない[38]
  • ホロコースト否認論者は、民間人を虐殺するために建設されたガス室は存在せず、ガス室とされている構造物は他の目的に使用されたものと主張し、そのガス室において引き合いに出されるのがロイヒター・レポートである。それによると、1988年にアウシュヴィッツのガス室で採取された標本を検査したところシアン化合物が検出されないかまたは極微量でしかなかったのに、衣服等のための害虫(虱)駆除室からは高濃度のシアン化合物が検出されているのだから、ガス殺は行われなかった可能性が高いと主張している。しかし、ビルケナウのガス室とされた場所で極微量でも検出されたということは40年も経ちかつ雨ざらしで深い水たまりすら出来る場所でとっくにシアン成分が流れ去っていてもおかしくないのだから、ロイヒターの主張とは異なって青酸ガスが使用されていたという動かぬ証拠なのである。また害虫駆除室は現存しているのだから、高濃度の青酸ガスが検出されても全く不自然ではない。さらに害虫駆除室での燻蒸時間は、殺人に要した時間(しかも20〜30分程度封じ込めたあとは換気してしまうのである)よりも遥かに長く、ガス室より高濃度で検出されても何の不自然もない。
  • 1990年2月にクラクフ法医学研究所所長のヤン・マルキェヴィチJan Markiewicz)と彼の調査チームは、ロイヒター調査よりさらに微量を検出できる「マイクロディフュージョン法」を用いて、アウシュヴィッツ内にある殺人用ガス室だと疑われる部屋、シラミ駆除用ガス室、管理棟のそれぞれから採取した標本中のシアン化合物の解析を再度行った[39]。照査標本では陰性の結果が出たが、シラミ駆除用ガス室と多量の殺人用とされるガス室から極微量のシアン化合物の残留物が検出された[16]。ロイヒターレポートについて述べた前述通り、検出された事自体が当該箇所で青酸ガスが使用された証明になる。
  • プレサックは大量に収集した文書資料からアウシュヴィッツ・ビルケナウの5つのクレマトリウムにあったガス室とされた場所が間違いなくガス室であったと読み解いたのである[40]。このことは否認派も重々知っているはずである(否認派はプレサックを正史派と呼ぶ)。アウシュヴィッツ建設部作成のクレマトリウムⅡの図面にある2つの死体安置室(図面上には"Leichenkeller"としか記載されておらず、例えばクレマⅡの図面ならばLK1とLK2の2箇所の記載があるだけである)のうち、どちらか一方の箇所を指す言葉として、アウシュヴィッツのビショフ大尉が1943年1月29日付けのベルリンのカルマー少将に当てた書簡の中でクレマトリウムⅡの進捗状況を説明する中で"Vergasungskeller"(ガス室と読むことが出来る)と記述したのである[41]。このドイツ語の解釈を巡って否認派はコークスのガス化装置(プレサックにより否定[40])、毒ガス対策を考慮した防空壕(親衛隊常駐施設から数キロもあり非現実的)などの主張をしたものの、それらの主張には裏付ける根拠が一切ない。それに対し、クレマトリウムⅡと対称形のⅢに関する在庫目録に「ガス密閉ドア1、シャワーヘッド14個」の記載があったり[42]、プレサックはこれがシャワー室ならばシャワーヘッドが少なすぎると主張[40]、これに接続される水道管は存在しない、特定のガス室については廃墟からシャワー蛇口の付いた木造床が残っている[43]、などこれらのことから多数の証言者が主張するとおりガス室であったことを裏付けるものばかりなのである。
  • 2019年になって、フランケ・グリクシュの再定住報告と呼ばれる親衛隊人事局少佐によるアウシュヴィッツへの視察報告書の原本カーボンコピーが発見されている[44]。これは以前に米軍将校のリップマンが戦後に発見した資料を元にしてタイピングした資料として存在したものであった(当時は原本が未発見)が、以前は否認派により「リップマンによる偽造」と断定されていた。しかし、原本となった可能性のあるカーボンコピーがドイツ連邦公文書館から発見されたことにより、この断定は成り立たなくなった。この再定住報告によれば、①「再定住」といういわゆる殺戮等の言葉を言い換えた「コード言語」が使用されていること、②アウシュヴィッツ・ビルケナウにおけるユダヤ人のガス殺害の詳細がルドルフ・ヘスらの証言者の述べたとおりにほとんどそっくりに記述されていること、などホロコーストのほぼ確実な証明になっている。以前に偽造と断定したときの内容についての疑義も、文書が当時のもので間違いないであろうと言うほどにその真正性が検証結果として示されているため、疑義自体が成り立たない。アウシュヴィッツ収容所にグリクシュ少佐が視察した事実は他の文書から裏付けられている。この原本のカーボンコピーを「捏造」と主張するには、単に内容への疑義を主張するのではなく、捏造それ自体を証明しなければならないだろう。
  • 更にこのフランケ・グリクシュの再定住報告は、否認派が否定するルドルフ・ヘスの回想録[45]の記述を裏付けてしまう。同著の「ユダヤ人をどう処理したか」に記載されている「虐殺工程」の記述は再定住報告記載の内容によく一致し、またグリクシュが記載している"24時間で一万体"という膨大な遺体処理数もヘスの回想録の記述から計算される最大能力の処理数に一致する。即ち、グリクシュはヘスに現場を案内してもらい、ヘスから聞いた内容を再定住報告に記載したものと考えられるのである。
焼却炉 大量殺人が実行された場合、死体処理には多数の焼却炉が必要となるが、それだけの焼却炉はアウシュヴィッツ=ビルケナウ強制収容所にもルブリン強制収容所にもなく、また焼却に必要な燃料も、戦争でエネルギー不足に陥っていたドイツで供給できる量をはるかに上回っていた[要出典]。工業廃油等を使わざるを得ない。存在が確認できた火葬炉は大規模焼却を目的とするには規模が小さく数も少ない。
  • 1944年に米軍の偵察機が撮影したアウシュヴィッツの航空写真[要出典]には死体焼却の煙も石炭の山も見られない。また大量の石炭を購入した伝票などの証拠も大量の石炭が運び込まれていたとの証言もない。
  • 火葬炉があった理由は自然死や、囚人の密集していた環境で当然予想される伝染病の蔓延による病死に対応する目的で設置されたものと考えるのが自然である。死体焼却は肉等の有機物を炭化しその腐敗を防止して衛生環境を守るのが目的であって、死体の消滅が目的ではない。死体の消滅が目的であれば、死体を骨ごとミンチにして家畜の餌等するのが簡単で経済的である。家畜の糞は醗酵させ堆肥として畑に撒けば完璧である。ドイツは養豚業など家畜の飼育が盛んであり肉骨粉などの家畜の餌の引き取り先には困らない。だが、この方法を取るとすれば、アウシュビッツに輸送してきた人員と同じ重量の肉骨粉を家畜の飼育場までもう一度列車で輸送する必要が出てくるため非常に非効率的である。そして、青酸ガスに曝された肉骨粉を家畜に食べさせるのかという問題にもなるうえ、銃殺したとしても鉛の混じった肉骨粉を家畜に食べさせるという重大な問題が出てくる。さらに骨ごとミンチにするにはその前に捕虜を殺害しておく必要があるため(生きたまま人間を裸にして口の中から金歯などを奪いミンチにするのは労力や合理性の点からみて不可能である。)結局、その場で焼却して焼け残った骨を砕いて捨てるのが一番効率的な方法だということになる。[独自研究?]
火葬炉の能力に関しては、アウシュヴィッツを例に取ると、こちらのページに掲載されている当時の複数の文書で全く能力不足ではないことが示されている。例えばそこにはビルケナウの火葬場全体で24時間で4,700体以上の能力を示す文書が示されている。ルドルフ・ヘスの自伝[45]ではその倍以上の一日10,000体もの能力があったと記述されている。
  • 石炭を使用する焼却炉が建設されているのに石炭が運び込まれた証拠がないから石炭が存在しなかったと主張するのは明らかな矛盾である。
  • 耐熱煉瓦などの入手困難な状況で建設された焼却炉で骨まで灰にすることができる高温を維持するのは困難である。ゆえに「骨まで焼いて灰にした」という説は否定されており、「肉だけを灰にして残った骨を砕いて捨てた」という説が通説となっている。ルドルフ・ヘスの自伝[45]では灰は近くの川に流したとある[46]
  • 推測になるが、遺体を焼却処理すると、結局は前述の通り砕かれて骨粉のみになり、処分しやすい。アウシュヴィッツのように近くに河があればそこへ流せばいいし、河がなくとも土壌に蒔いて土壌と混ぜてしまうなどすればいいだけである。徹底的な証拠隠滅を考えれば極めて合理的である。これ以上の大量死体の合理的証拠隠滅方法はあるだろうか? 否認派は「ガス殺死体は一体も見つかっていない(が故にガス殺はなかった)」というのが常套句ではなかったのか?
  • ロイヒター・レポートの発表以来、否認派は燃焼炉の能力不足を理由に大量虐殺はなかった、という論証を繰り返し発表しているようである(上述リンク先が批判するカルロ・マットーニョ論文など)が、当時の文書資料やルドルフ・ヘスらの証言もあるのに、それら何の実証もない論理を示されても、納得するのは否認派だけであろう。現代の一般火葬炉の事例を比較に持ち出したところで、当時やっていた方法は遺体を1マッフルに複数同時に入れて連続焼却していたとされているのであって、こうした人体の遺体大量焼却は他に比較事例がそもそも存在しないのである(そもそも通常は一体ごとにしか火葬炉での遺体焼却は認められていない)。なお、火葬能力については当時の親衛隊内部資料が残っていて、これによると一日あたりビルケナウ全体で4,756体の遺体火葬処理能力があったことになる。
  • 「ビルケナウのガス室や火葬炉とされている場所では、その規模の建物の残骸に相当する瓦礫が存在しない」との指摘があるが、解放後に地元のポーランド人農民が戻ってきて、冬になる前に家を再建するためのレンガ等を大量に持ち去った。(廃物を利用した人々が使えるレンガを探したときに投げ捨てた大量の廃棄物が火葬炉の場所の近くに残っている)[要出典]。 死体焼却後の灰についての疑義[47]については1体の死体の灰は靴箱一杯位であり、処理は難しいことではない。ある程度の量の灰が近くの川や沼地に積まれていたことはアウシュヴィッツの航空写真が示している。またその他の灰は近くの畑で肥料として使われたという書類証拠が存在する。トレブリンカ強制収容所所長によって撮影された写真には灰を掘削機で一面にまく場面が写っている。[要出典]
死亡者数 600万人説に関する疑義
  • 1939年前後の全世界のユダヤ人総数は1600~1700万人、1948年前後では1500~1800万人という統計から、ユダヤ人犠牲者が600万人というのは誇張が入っている。『ワールド・アルマナック』の統計ではホロコースト前の1940年版ではユダヤ人人口15,319,359人、1948年版で15,713,638人[要出典]とあり、3年間で1.4~1.8倍の人口増加している。(戦後日本の第一次ベビーブームの時代を経た昭和20年~昭和30年の人口増加でさえ7200万人から9000万人であり1,25倍)。この人口増加率からしてもたとえ出生率が非常に高かったとしても600万人ものユダヤ人が死んだことはありえない。仮に600万人が犠牲となったならば大戦終結後のユダヤ人総数は1100万人前後となるはずである。
  • 『ワールド・アルマナック』1938年ではユダヤ人全人口は1660万人で、『ニューヨーク・タイムズ』の1948年2月22日号によると1948年のユダヤ人人口は最小で1500万人、最大で1800万人である[要出典]。つまり最大で160万人の減少しかありえない。戦争前後のユダヤ人人口は情報源によって数字が異なるが、反修正主義者たちは自分たちの主張に合致する数字を選択的に採用しており、また情報源の評価を避けている。例えば『ワールド・アルマナック』の示す世界のユダヤ人人口は1982年版では14,318,000人、1990年版では18,169,000人、1996年版では13,451,000人[要出典]。この数字の推移を解釈するなら1982年から1990年の間に370万人のユダヤ人が増加し、逆に1990年から1996年の間に450万人のユダヤ人が消失したか、それとも『ワールド・アルマナック』がユダヤ人人口を正確に見積る目的においては特に信頼できる情報源ではないか、のどちらかである。
  • アメリカユダヤ人年鑑1932年版では、ユダヤ人人口を15,192,218人、その内9,418,248人がヨーロッパ居住としている。1947年版では以下のように記述されている。[要出典]
世界のユダヤ人人口の見積はアメリカ・ユダヤ人共同配給委員会によって整理された。この数字はアメリカ合衆国カナダは除いた数字であるため、1946年の約11,000,000人にまで減少したのがアメリカおよびカナダのユダヤ人口を除いた分なのかヨーロッパでの死者分なのか不明である。当時の北米ユダヤ人口は500万人弱である--アメリカユダヤ人年鑑1947年

収容所での死者数を誇張している複数の例が報告されていることは事実であり、反修正主義者も年々死亡者数と死亡地域の変更を余儀なくされている。

  • また、当時のドイツ占領地域にいたユダヤ人の総数も不明で、600万人の犠牲者が出るには相当のユダヤ人が占領地域に存在していなければならないが、1933~1945年までの間に出国奨励策等により最低300万人のユダヤ人がドイツ占領地域外へ移動している[要出典]。すると600万人の犠牲者が出るためには1933年以前に最低900万人前後のユダヤ人がドイツ占領地域内に存在する必要がある。ドイツ占領時に占領地域内にいたユダヤ人の数は300万人以下とする情報もあり、600万人の犠牲者を生み出すことが物理的に不可能だった可能性すら存在する。
  • ブレイトバード文書[48]によれば、アウシュヴィッツにある「1940年から1945年の期間にナチの殺人者の手によって400万の人々がここで苦しみ亡くなった」と記されている記念碑が、1990年に「ヨーロッパのさまざまな国から連れてこられたユダヤ人150万の男性、女性、子供たちがこの地で人知れず殺された」と更新されたが、これに従えば250万の犠牲者数が誇張されてきた。
  • 500万から600万というユダヤ人死亡者の数字には、実際にはロシア、イギリス、パレスチナ、アメリカ合衆国へと移住したユダヤ人が含まれている[要出典]実際のユダヤ人の死者は100万人程度、戦時死傷者は30万人程度とも主張[要出典]される。
  • ユダヤ人の歴史学者・シカゴ大学教授ピーター・ノビックは、サイモン・ヴィーゼンタールは被害者数を水増ししていると批判している[49][1]
ニュルンベルク裁判では被害者数は600万人と認定された。アメリカ合衆国ホロコースト記念博物館では2013年現在も被害者数は600万人としている[50][51]
  • サイモン・ウィーゼンタール・センターは、犠牲者の数が以前と比べて少なく表されるようになったのはソ連が「アウシュヴィッツ=ビルケナウでの死者数を意図的に誇張していた」からと反論している。収容所跡の石碑はソ連当局によって据えられたもので冷戦が終結するに伴い数字が書き換えられた。またソ連が主張した400万という数字には、約200万人の非ユダヤ人が含まれていた。ただし、西側諸国の歴史家たちはこの400万という数字をユダヤ人犠牲者の数を計算するのに用いてきておらず、アウシュヴィッツで殺害された人々の推定数は60万から150万の間を推移している[52]
  • 否定派のいう『ワールド・アルマナック』は学術的ではなく、汎用的な参考書であり、人口統計データの信頼できる情報源ではない。一般的な百科事典や年鑑のような一般的な資料は、通常、歴史を書く上で信頼できる資料とは考えられていない。ワールド・アルマナックも例外ではない。特筆すべきは、1948年までのAJCの統計は、1939年の推計値であることが明示されていることである(例えば、1945-48年の1939年の推計値は15,688,259人とされている)。問題は、アルマナックがこれらの推定値の出所を明言していないことである。ほとんどの場合、新しいセンサスがない場合に、戦前のデータに基づいて、人口動態の変化を考慮に入れずに、純粋に仮説に基づいて計算されたものであろう。[53]
  • 犠牲者数に関する最も初期の研究のひとつは、ニューヨークユダヤ人問題研究所が修正主義者に対抗するため1951年半ばに行ったものである。そこでは、ヨーロッパ・ユダヤ人人口を45年(310万人)と39年(950万人)とで比較し、亡命した60万人を差し引いた結果、6年間でおよそ580万人のヨーロッパ・ユダヤ人が死亡したとの結論が出された。59年、人口統計学者ヤコブ・レスチンキは、275万人という1950年に生存していたヨーロッパ・ユダヤ人人口のデータと、39年のユダヤ人人口統計を元にした計算で、600万人以上のユダヤ人がナチスのジェノサイドの犠牲になったことになると推定した。パリ現代ユダヤ人資料センター代表レオン・ポリアコフによる調査は、550万人以上という犠牲者数を上げている。[54]
  • 1953年、ジェラルド・ライトリンガー(Gerald Reitlinger)はジェノサイドに関する最初の大規模な包括的叙述において、ヨーロッパの全ての国々におけるユダヤ人の運命を研究し、「最終解決」に関する統計上の概観を提示した。彼は、当時知られ、また報告されていた犠牲者数に関する情報を批判的に検討したが、その出発点となったのは45年11月にニュルンベルク裁判で出された572万2180人という数字である。ライトリンガーが原則としたのは、議論の余地のないような最小の数字を算出することであり、そのために細心の注意を持って証拠を取捨選択した。ライトリンガーは、アウシュヴィッツでの死者数が75万人を超えることはないと判断したが、これはルドルフ・ヘスがニュルンベルク裁判で証言した数字よりも、遥かに少なかった。同様に彼は、疑わしいケースはナチスの公式情報であっても使わなかった。ライトリンガーが最終的に到達したナチスによるユダヤ人殺害数は、最小で419万4200人、最大で458万1200人であった。彼が少ない犠牲者数を出したのは、反セム主義集団に「恐怖に満ちた歴史とそこから導かれた教訓に疑惑を与える」機会を決してつくってはならないという意図から生まれたものであった。[55]
  • 最新の研究に基礎をおいて推定されたヨーロッパ・ユダヤ人の犠牲者数は、ガス室で殺されたものや射殺されたもの、あるいは餓死や肉体的虐待による死者を合わせて少なくとも600万人というものが、一番確実である。国別の数字は次のように出されている。ドイツが14万4000人、オーストリアが4万8767人、ルクセンブルクが720人、フランスが7万6000人(他国籍者を含む)、ベルギーは2万8000人(他国籍者を含む)、オランダ10万2000人、デンマーク116人、ノルウェーが758人、イタリアが5596人、アルバニアが591人、ギリシャが5万8443人、ブルガリアが7335人、ユーゴスラヴィアが5万1400人、ハンガリーが55万9250人、チェコスロバキアが14万3000人、ルーマニア12万919人、ポーランドが270万人、ソ連が210万人である。[56]
公文書の解釈 ヒムラー発ヒトラー宛のナチス・ドイツ占領下のポーランドで行われた囚人処刑に関する報告書第51号は、ホロコーストで行われた大量虐殺行為に対してヒトラーの共謀と是認があったことの証拠としてニュルンベルク裁判の際に提出された。南ロシア地方、ウクライナ地方、ビャウィストク地方にて、無法者の共犯者と容疑者として、4ヶ月の間にユダヤ人だけで36万3211人が殺害されていると主張するが、当該地域はユダヤ人の反乱を恐れたスターリンの強制移住政策で使われた地域であり、記録に残るだけでも100万人以上のユダヤ人がソ連東部へ強制移住させられていた。[要出典] 1928年、シベリアにユダヤ人居住地区(1934年にはユダヤ自治州)が建設されたのは事実である。ただしこの計画はウラジーミル・レーニンによって主導された入植計画であり、この地域に移り住んだユダヤ人もさほどおらず、1939年時点の自治州人口108,938人中、ユダヤ人はわずか17,695人にとどまっている[57]。スターリンは逆にユダヤ自治州に対する弾圧を加え、ユダヤ色をなくそうとした。
証言
  • 連合国は、戦後の戦犯裁判に際して多くのドイツ人に拷問を加えて自白を得ており[要出典]、こうした自白には信憑性がない。
  • 自白のための拷問がホロコーストを捏造する目的で行われたという証拠は存在しない。例えばアウシュヴィッツ司令官ルドルフ・ヘスは逮捕時に暴行を受けて自白させられたのは事実であるが、捏造を指示されたというような証拠は全く存在しない。
  • ホロコーストを生き延びた反対証言も存在するにもかかわらず、彼等の証言は無視され続けている。例えばアウシュヴィッツ所長ルドルフ・フェルディナント・ヘスの証言は署名された自白調書だけで構成されているのではない。ヘスの2部にわたる回想録や、ニュルンベルク裁判以外の場でも広範囲にわたる証言などもある。ヘスの証言はペリー・ブロード (de:Pery Broad) のような元アウシュヴィッツ職員による書面による説明とも矛盾していない。
「矛盾」 戦後、「ホロコースト」の内容は二転三転している。例えば、戦後間もない時期にはダッハウ強制収容所、ブーヘンヴァルト強制収容所、ベルゲン・ベルゼン強制収容所などの収容所にも処刑用ガス室が存在し、それらのガス室でユダヤ人などが処刑されたと言われていた[要出典]。ところが今日、これらの収容所ではガス室による処刑は行われていなかったとされる[要出典]。それでは、戦後間もない時期に語られていたこれらの収容所での「ガス室処刑」に関する「目撃証言」は一体何だったのか。人間石鹸も都市伝説であった。
  • ホロコーストの歴史学的証拠とされたものは偽造、または故意に誤って解釈されたものである。戦後に公開された多数の写真や映画フィルムは、連合国軍による反ナチスプロパガンダとして特別に捏造されたものである。例えば、戦後になってドイツ人に見せられたホロコースト犠牲者を撮影したとされるフィルムは実際のところ連合軍によるドレスデン爆撃の後に処理されているドイツの民間人であった。我々が目にする写真は飢餓やチフスの犠牲者を写したものである。[要出典]
  • アウシュヴィッツ第一死体焼却棟の1945年の写真には、撤退直前に爆破されたため現在そこにある煙突が当時存在していなかったことが見てとれる。煙突は戦後建てられており、現地の「物証」はこのように戦後変更されている。ポーランドのアウシュヴィッツ博物館は、戦後長い間、第一アウシュヴィッツの処刑用ガス室とされる第一死体焼却棟を当時のままと主張していた。しかし、さまざまな不合理を指摘されると、戦後の再建を認めた。同様に、マイダネク収容所では、展示・公開されている「処刑用ガス室」が、ある時期から隣りの部屋に変わっている。[要出典]
歴史的事実の記述において、調査研究が進むにつれて、記述が変わることがあり得るのは常識で考えれば分かる話である。例えば古くは鎌倉幕府の始まりは1192年とされていたが、今では鎌倉幕府の基本的な機能は1185年にすでに完成しているので鎌倉時代を1185年からとする説が主流になっている。こうした歴史的記述の変更事例は事欠かない。それ故、歴史的記述の変更があったからと言って疑問を抱くのは失当であり、むしろ正確さを増していると考えるのが常識であろう。
  • ホロコーストの歴史学的証拠とされたものに誤って解釈されたものはあったかも知れないが、故意であったり偽造であったりしたことが明確に証明されたものは全く存在しない。むしろ、否認派によるものと考えられるフェイク写真や強引な解釈により捏造呼ばわりを受けたという事例が頻繁に起こっている。例えばこちらではフェイク写真や誤った写真解説の例が記されている。
  • アウシュヴィッツ基幹収容所のクレマトリウムⅠ(旧クレマトリウム)が撤退直前に爆破されたという事実はない。アウシュヴィッツ基幹収容所はポーランド軍兵舎のあったところで、クレマトリウムⅠとなる建造物はポーランド軍が火薬庫として使用していた。これを1940年6月14日に到着したポーランド政治犯の囚人を作業員として、その年の7月5日頃から、死んだ囚人を焼却するための火葬場として使用されるように改造された[40]。殺人ガス室として使われるようになったのは1941年の秋からで1942年12月までガス室として使われた。焼却炉そのものは1943年7月まで使用された[58]。1944年に連合国によるアウシュヴィッツ周辺の爆撃が始まると防空壕に改修され同時に煙突も撤去されたものと考えられる。そして戦後1946〜47年頃にガス室を再現するために再建されたとされる[40]。この旧クレマトリウムが防空壕に改修されたことは、こちらのサイトによれば1957年の書籍に掲載されており、当該書籍は「アウシュビッツのガイドのための基本的な読み物を構成する本」であるとのことである。これらのことを踏まえれば、否認派があたかもアウシュヴィッツ博物館がクレマトリウムⅠを戦後に捏造したかの如くの印象を与えるために、この再建の話を「隠していた」と主張しているように推測されるが、事実は単にアウシュヴィッツ博物館による見学者への案内が正確な情報を伝えていなかった、というだけの話であると考えられる。実際には1957年出版の書籍に掲載していたのであるから公知の事実だったのである。但し、栗原優の著書にも当時の研究者ですら知らなかったという事実の記載があり[59]、フォーリソンがすでに1980年頃に防空壕から戦後に改修工事を受けていることを発表しており、プレサックも著書[40]で記述していたのである(アウシュヴィッツ博物館はこの著書に序文を掲載している)から、その後もデヴィッド・コールが大々的に問題にするまで、現状が「ガス室当時のままである」と案内していたアウシュヴィッツ博物館の案内は杜撰であったとは言えよう。現在はクレマトリウムⅠの傍に、現在の状態がガス室として使用されていた時期の正確な状態ではないことを示す案内表示板があり、異なる状態であることを隠してはいない。
アウシュヴィッツ博物館のガス室外にある案内表示
イスラエルプロパガンダ ユダヤ人を犠牲者、ドイツ人を悪魔のように扱うアングロサクソン、あるいはユダヤ人の陰謀がある。また、ドイツについての狂気じみた話を広めることでポーランドチェコスロヴァキアのような周辺国が、ソ連による支配を容易に受け入れやすくなる。ホロコースト論には、パレスチナにユダヤ人の母国を建設することを可能にする連合国の意向を促進する意図があり、この主張は現在はイスラエルのパレスチナ人政策に対する支持を獲得することに利用されている。1970年代の中東戦争以来、ホロコースト論が語られるようになった[1]。ユダヤ人の歴史学者・シカゴ大学教授ピーター・ノビックは、アメリカのユダヤ社会でホロコーストが喧伝されるようになったのは1970年代からで、中東戦争を背景にイスラエル支持を強化するための政治戦略だったと分析している[60][1] ホロコーストが捏造であればイスラエルが崩壊するのなら、イランを支援していたソ連が第三次中東戦争の際、何故ホロコーストが捏造だと暴露しなかったのか非常に不合理的である。イスラエルは、一貫してアメリカの支援を受けており、修正主義者によればホロコーストはすべてソ連が捏造したとされている。イスラエルに投入された資金の量とドイツからの賠償金だけでもイスラエルがこの陰謀を続けようとするだけの強力な誘因になる。だが、その陰謀の存在を証明する具体的な証拠は存在しない。
言論の自由 ほとんどの学者や歴史家はホロコーストが虚構であると認める勇気がない。もし堂々とそのような話をすれば職を失う恐れがあるし、アメリカやドイツでは現実に解任された教授や経営者、解雇されたキャスターや記者などが多く存在する。数々の放火や暴行、またフランソワ・デュプラがユダヤ人組織に殺害されたことは暴力である[61] ドイツ等でホロコースト否認論を処罰しているのは、そもそも民主主義的に制定された法律に基づくものであり、「言論の自由」のもとで議論が尽くされて定められたものであるから、言論の自由の侵害とは言えない。ホロコースト否認以外の言論であっても、名誉毀損やヘイトなど法律の枠は存在する上に、大学教授等の解雇はそもそも各組織が自主判断で行うものであって、「ホロコースト否認論を規制してはならない」という法律は存在しない。なお、ホロコースト否認論への法的規制は十数カ国に留まっているのが事実であり、規制されていない国が圧倒的に多く、日本でも自由であるし、否認論の本場であるアメリカでは米国憲法修正第一条に守られて、そもそも否認論を規制することは出来ないし、歴史見直し研究所やそれに類する組織も活発に活動している事実がある。
他の大量虐殺との比較 ソ連のグラグで殺された反体制派やキリスト教徒の数に比べればホロコーストは小規模である。 他の大量虐殺と比較して、ホロコーストは罪の程度が軽いので見逃すべきであるというのが修正主義者の主張である。

ホロコースト否認論の歴史

ラッシニエのガス室への疑問

1948年、フランスのジャーナリストポール・ラッシニエ英語版はその著書で「ホロコースト生存者」の証言に疑義を呈した[62]1964年には『ヨーロッパ・ユダヤ人のドラマ』でガス室を始めとする戦後の通説に疑義を投じた[37]。ラッシニエは社会主義者、非暴力主義者で、ドイツ占領下のフランスでレジスタンスに身を投じ、ユダヤ人をスイスに脱出させる活動などを行なっていた。そのために自らがゲシュタポに捕えられてブーヘンヴァルト強制収容所ミッテルバウ=ドーラ強制収容所に収容された。戦後、レジスタンス活動によりフランス政府から最高位の勲章を受けている。

しかしラッシニエ自身の主張そのものは、「ガス室で殺された人数は通説ほど多いものでもないと思われる」という程度のものであり、ラッシニエ自身は虐殺自体を否定してなどいなかった。ところがアメリカの歴史見直し研究所 (IHR) は、ラッシニエの著書を英訳するに当たって、「ガス室で死んだ人間は全くいなかった」とし、彼の主張を改竄している[2]。現在でも否認論者達はラッシニエを「ホロコースト修正主義の父」と呼び、現在も彼の著作をホロコーストに関する通説に異議を申し立てた学術的な研究として引用している[2]。また、シオニストがホロコーストの捏造を行ったという見解は後世にも引き継がれている[63]

ラッシニエへの批判としては「ブーヘンヴァルト強制収容所は絶滅収容所ではなかったので、ガス殺人を目撃しなかった」という彼の主張は意外ではないとするもの、また、ラッシニエは旧来説支持者を納得させるだけの証拠を挙げておらず、自己の指摘と矛盾する情報を無視している点などがあげられている。

またラッシニエと同時期に、ルーマニア系ユダヤ人であるブルグ(Burg)も、戦後語られ出した「ガス室」などによるユダヤ人大量殺戮の主張に疑問を抱き、収容所を自ら調査するなどしている。

1960年代

コロンビア大学の歴史家ハリー・エルマー・バーンズは晩年ホロコースト否認の姿勢をとるようになった。バーンズは立場的には主流派に属する歴史家であり、歴史修正主義運動の初期の指導者の一人である。戦間期には反戦的な著述家で、第二次世界大戦後、ドイツと日本への批判は米国の参戦を正当化するための戦時プロパガンダに過ぎず、その正体が暴かれる必要があると考えた。バーンズは晩年の著作でホロコーストを戦時プロパガンダに含まれるとした。同様に反戦的歴史修正主義の立場をとってきた著述家ジェームス・マーティンはバーンズに倣ってホロコースト否認論の姿勢を示した[64]

アメリカ人の歴史家デイヴィド・ホガン1961年に発表した第二次世界大戦の原因を論じた『強制された戦争』 (Der Erzwungene Krieg)、1969年には、ホロコーストを否認する最初の本の一つである『600万人の神話』を執筆した[65]。ホガンは一流大学教授の経歴もあり、ホロコースト否認論運動初期の中心的人物の1人となった。



wikipedia「ホロコースト否認」2。悪魔崇拝者たちによるホロコースト・ビジネス。イスラエル(シオニスト)→ドイツ、東欧。中国、朝鮮→日本。


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カスタマー
素晴らしい超大作
2016年11月10日に日本でレビュー済み

体外離脱を信じている人も信じていない人も、既にヘミシンクなどを試している人も、必読の一冊です。3巻の最終巻とのこともあって読み応えがすごいです。

モンローさんによるインスペックとの邂逅、ホーム(故郷)への探究心、もしくは単なる個人的好奇心でよくここまで旅を続けたもんだと感心します。この本が影響を与える世界観、価値観は凄まじいです。自分が小さく、世界が大きく見えてきます。おすすめです。
12人のお客様がこれが役に立ったと考えています

ラッキー7
 ダイナミックな体験
2014年7月12日に日本でレビュー済み
通常ならこの体験を伝えると、「変な危ない人」と言われるところでしょうが、しっかりとしたデータと科学的根拠に基づいた体験を多数の人が体験している。

読んでみると、予想以上にダイナミックかつグローバルな時間空間を超越した世界があることがわかり、死後は恐れなくても良いのだ、あちらの世界は生まれ変わりもガイドとしてとどまるのも自分で自由に選択できることが分かりました。
9人のお客様がこれが役に立ったと考えています

sea_of_japan
SF 小説を読む雰囲気
2014年2月16日に日本でレビュー済み
モンローが、体外離脱中に体験した、見聞録。精神世界の「ガリバー旅行記」といった趣だ。内容の真偽のほどは不明。率直に、モンローの見聞に耳を傾けてみれば、それなりに考えさせられる事は、多い。特に実証科学にこだわる人に取っては、馬鹿げたモンローの妄想と云う事になろうが、実証科学によって明らかにされない、多くの事象が取り上げられ、それに対する彼なりの考察は、興味深い。

彼は、プラシボー効果は、Mフィールドの影響と考えている。これなんかも、実証科学では、捨てられている現象だが、そこに価値を見出た彼の功績はある。

また人生とは、死とは、道徳とは、さふいった科学的に答えられない問いに、幻想世界(体外離脱)をさ迷いながら、彼なりの結論を求めている姿は、一読の価値がある。
7人のお客様がこれが役に立ったと考えています

T.N.
究極の旅
2019年2月24日に日本でレビュー済み
興味深い本でした。残された人生の過ごし方を有意義に過ごせるように参考にしたいと思います。
2人のお客様がこれが役に立ったと考えています

showon
真実かSFか
2006年9月19日に日本でレビュー済み
本書に書かれていることは一部のというよりも大多数の人には支持されないであろう。しかしこれはモンロー氏の生の体験であり、そこから導き出される死後の世界が妄想ではないことが本書を読めば理解出来るはずである。

人間が死んだあとどうなるのか、についての結論はまだまだ様々な議論が出てくるであろうが、大筋に於いてモンロー氏の唱える世界に近いものがあるはずだ、という感触を本書を読むことで理解出来る。

この手のジャンルにしては冷静で、煽るところがないので、説得力と言う点ではピカイチであり、多くの人にお勧め出来る。
38人のお客様がこれが役に立ったと考えています

hukidera
面白いです
2006年7月31日に日本でレビュー済み
ただ面白いというだけでなく、私たちはなぜこの世に生まれてくるのか、死んだらどうなるのかなどといったことについて示唆を与えてくれる本です。
「体外離脱なんて信じられない」と思っている方も娯楽として読んでみて頂きたいと思います(これだけリアルな体験を単なる幻覚か何かに過ぎないと片づけてしまうのは難しいと思いますが)。前作「魂の体外旅行」を読んでからの方がより面白く読めるでしょう。
29人のお客様がこれが役に立ったと考えています

light house
極めて愉快な読み物
2015年11月11日に日本でレビュー済み
事実かどうかは別として、読んで楽しい書籍と言える。体外離脱体験が楽に持てるような人には、確かに参考になる点が多い。
3人のお客様がこれが役に立ったと考えています

カスタマー
究極の目的
2019年11月22日に日本でレビュー済み
人類の目的、宇宙の起源と意味に触れられているようです。未来が明るく感じられます。

vivekatrek
究極の旅のガイドは、<釈尊の教法の真義>
2004年4月16日に日本でレビュー済み
インスペックが『君にはまだ「基本」というものが残っている。(p.68)』と語った「基本」の意味を求めて始まった「究極の旅」は、『基本とは、部分を集めて統一すること(p.246)』に気づいて一段落する。これを深く理解するには、<釈尊の教法の真義>を知ることが役に立つ。

<釈尊の教法の真義>とは、「自分に正直な凡夫が聖者になり、聖者は釈尊と同等のブッダ(阿羅漢)になる」ことである。釈尊は自分に正直な凡夫を見つけ出し、彼らを聖者に導いたのである。その聖者とは凡夫の心にブッダの心が共存する者である。凡夫の心の無知(すなわち、欲界の「痴」)の部分がブッダの心(すなわち、欲界の「智」)に置き換われば、第一段階の聖者「預流(シュダオン)」に進化する。この「預流」にならなければ<釈尊の教法の真義>は絶対に理解出来ないのである。釈尊が説法を最初は躊躇した理由がここにある。

凡夫を聖者にするのは、『心の量子トンネル現象』である。ブッダの心が凡夫の心に染み込む量子トンネル現象は、欲界の「痴」=「身見+疑惑+戒取」=「三結(三煩悩)」を取り除く決心の瞬間に始まる。一度、『心の量子トンネル現象』が開始すれば、その影響が継続し、やがて欲界の「貪」と「瞋」が減少して第二段階の聖者「一来(シダゴン)」となる。さらに、欲界の「貪・瞋・痴」=「身見+疑惑+戒取+欲貪+瞋恚」=「五下分結」が消滅すれば第三段階の聖者「不還(アナゴン)」になる。「不還」になれば、欲界との縁が切れるので、人間界(欲界)への輪廻転生はない。欲界との縁が切れた「不還」は、間もなく、第四段階の聖者「阿羅漢」(=第一段階のブッダ)になる。

上記したことを図解すると次のようになる。第3密度は凡夫を表し、第4密度は阿羅漢(第一段階のブッダ)を表す。第3密度から第4密度に向かって、右上から左下に向かう斜めの線が「凡夫の心」の存在割合を示す。一方、第4密度から第3密度に向かって、左上から右下に向かう斜めの線が「ブッダの心」の存在割合を示す。預流の聖者に進み始めた瞬間に、「ブッダの心」が量子トンネル効果によって現れるのである。不還の聖者に進み始めると「凡夫の心」と「ブッダの心」の存在割合が逆転する。

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  第5   第4   不還    預流    第3

この図から、モンロー氏が名付けた「向こうの自分I-There」(Focus29〜35)とは、「ブッダの心」だと理解できる。「I・There」を「全ての過去世、現世の自分の集合体意識」(p.153)と表現しているが、正確には、時空間を超越して存在する「ブッダの心」である。一方、「こちらの自分(I-Here)」(p.156)は「凡夫の心」である。なお、「I・There Cluster」(Focus36〜42)とは、「I・There」と繋がった全ての「I・There」の集合体だというから、親・兄弟・子供達(先祖や子孫)の「I・There」の集合体と思われる。また「I・There Super Cluster」(Focus43〜49)とは、「I・There Cluster」の近傍の意識であるということは、転生を一緒に繰り返してきた仲間達の「I・There」の集合体であると考えられる。

第六章の「六段階の人間精神」は次のように整理すると分かり易くなる。
【六段階の人間精神】 【三結】  【唯識の八識】     【唯識の能変】
人間精神の放射     戒取    ・・・
人間精神の演技     疑惑    ・・・
人間精神の外面     身見    ・・・
意識的な心        ・・・    第六意識+前五識   妙観察知+成所作智(第三能変)
動物的な副自我     ・・・    末那識(第七識)    平等性智(第二能変)
核自我           ・・・    阿頼耶識(第八識)  大円鏡智(第一能変)

また、核自我の徴・顕れの記述は、釈尊の「四念処法」と対応させて理解することができる。
「四念処法」は、「身念処(身体をリラックスさせる)」 ⇒ 「受念処(感情を〔現在の〕喜と〔未来の〕楽に向かわせる)」 ⇒ 「心念処(心すなわち想念を〔満足した喜びである〕悦〔微笑み〕に向かわせる)」 ⇒ 「法念処(識すなわち観念から自由になり、執着しない)」と進んで、「感情と心(想念)と意識(観念)」に含まれる欲界の「痴」の部分を「智」に転換するのである。
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児玉真澄
現代の必読書
2003年8月11日に日本でレビュー済み
モンロー氏の著書は3冊あるが、この本が内容的には一番濃い。前著からの謎が全て解明されており、壮大な宇宙の姿を垣間見せてくれる名著だと言っても過言ではないだろう。モンロー氏の「旅」自体を信じるも信じないも個人の自由だが、一読して損のない本だと思う。とにかく面白いから読んでみる事をお薦めする。
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拓也さん@タイランド
体外離脱のグル
2009年8月28日に日本でレビュー済み
著者のロバート・モンロー氏は1995年に死去して、「There」に行ってしまったわけですが、この書物は、彼の最後の著作。「体外離脱」について、また「モンロー研究所」について、一応の理解を得ました。体外離脱のそもそもの始まり、研究が進んでゆく過程、から、奥さんのナンシーの死までが、書かれています。(ナンシーとロバート氏は、過去世である教団のメンバーだった、ということになっています)しかし、、、体外離脱に関しては自分で「体験」しないことには検証のしようがないです。日本人でも「モンロー研究所」のプログラムに参加し、「体外離脱」をした人がブログなどを書いているようですので、合わせて読むべきでしょう。また、モンロー研究所はロバートの死後も存続し、「ゲートウェイ」という体外離脱の6日間の入門プログラムも行われているそうです。こういったものに参加した人のレビューも待ちたいところです。
10人のお客様がこれが役に立ったと考えています

レイナ
あまり目新しいことは書かれていないかもしれませんが。
2007年9月23日に日本でレビュー済み
あまり読み物としては、私にとっては目新しいものがあまりなく、面白くはないように思います。森田健の「私は結果原因の世界への旅」を読んでいるせいでしょう。森田健の本よりは詳細に幽体離脱の体験が書かれています。著者が幽体離脱中に危険な状態に陥り、筋肉がこわばってしまい、体に戻れたけれども1週間はまともに体が動かせなかったということも書かれています。幽体離脱は危険を伴うことがわかります。長時間は危険だということがわかりました。私たちは、肉体以上の存在であり永遠の存在であるということを体験で知ることを是非経験したいものです。とりあえず、ヘミシンクヘッドホン、CDセットを買って使用しているところです。
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Mサイズ
読みにくかった (^_^;)
2013年10月26日に日本でレビュー済み
このシリーズ、翻訳があまり良くないような気がします。少なくても、「分かりやすくてスラスラ読める」という本ではないですね。翻訳がよかったらもっともっと読まれるべき本だと思うのですが、残念です。
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ハヤちゃん
本書は35世紀の帰還の出発点
2017年9月21日に日本でレビュー済み
壮大なキュメンタリーですが、モンローが自ら体験した事柄は、既に多くの人たちが追体験し、既知とする人が増えているようです。ああやはりそうだったのかと、感じていた疑問が多く氷解する思いでした。

・異なる世界観:人は肉体の死後も生き続ける、肉体を遙かに超えた存在。
・体脱すれば、時間移動は自由で、何処へでも行ける。100万年前の地球(肉体と死を克服し、やがて出発する)、10万年前の友人、35世紀の出発を控えた地球、なくなった奥さんと会う。
・物質界では発見できなかったが、非物質界には多数の知的生命体(jほとんどが人類以外)が存在する。モンローがインスペックと呼ぶその中には友人もできた…君は君自身と話していたのさ。
・転生で学んだ経験は、人間でなくなったときに大きな価値を持ち、これが現世の目的の一つ…地球の生命系は素晴らしい教育機関…人間でいるということは、それを選択しているということ。
・主に人間が発する想念の集合体とてのHバンド。
・モンローのふるさと雲の渦。
・自分が複数の人間に分裂したり…過去の私が必要とするときに未来の私が時間を遡って助けに行った。
・向こうの自分ITー誰もが持っている前世・現世を含めたあらゆる自分。それが他のITと輝く糸でつながっている。
・これまでの人生の一瞬一瞬が全て収められているライブラリ。
・時と場所を選び、DNAを合成して、最適とを思われる人格と記憶を送り込み、君ができた。
・時空の内外に共通して働くMフィールド。
・こちこちの教条主義から解き放たれた…信念でも希望でも信仰でもない。知識なのだ。
・35世紀ー皆旅立つ。ITの散らばったメンバーを救出して集めてから。
・第15章ーインターステートを見る:全体は部分をあちこちに撒いて成長させ、全体につけ加えようとした。私は~に注入されたエネルギーの閃光だった…人間になるために入ってゆく…何度も繰り返し、全体に持ち帰る。
・放出口。ビッグバンはなかった。私たちは真に一つとなり、完全となり、数限りない経験と愛の贈り物を携えて、孔を抜けて彼方へゆく。

自分で体験するしかない…モンローが言う通りで、その方法論の一つをモンローが提示しているようです。人の心の切実な思いこそ、時空を超えて人をつなぐ、輝く宇宙の実在の真実。
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bluerose
想像を絶する大きな世界
2012年9月23日に日本でレビュー済み
『究極の旅』というだけあって、モンロー氏の本の中でももっとも深遠無辺な内容になっている。しかし、前作を読んでいない人はあまりにも荒唐無稽な話に感じてしまうか、特殊な用語が多いので理解に苦しむかするのではないだろうか。できれば、モンロー氏について予備知識を身につけてから読んでいただきたい。
一般に、キリスト教圏の著者による霊界の本では、本人がキリスト教徒であるか否かにかかわらず、死後も人間は人間として魂の向上を目指すように書かれている場合が多い。しかし、本書では、人間は統合を繰り返し、より大きな存在になっていく、人的理解を超えた世界へと進んでいく、と書かれている。その世界観はむしろ、山川草木の差別を超え、三千世界を超えて、涅槃寂静の境地へ赴く、仏教の世界観に近いかもしれない。

でも、本書は「信仰」ではなくあくまでも「科学」の本であり、現象学的に事実(実体験)の記録に徹している。説法も人生訓もなく、淡々と述べてあるがゆえに、もし、本当に世界がこうなっているのなら、どう生きるか、と考えさせられる本である。 キラエル―レムリアの叡智とヒーリング
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edge walker
未知の探求者の最期の旅
2015年10月25日に日本でレビュー済み
著者のロバート・A・モンロー氏は実業家で、自らの財産を投じて体外離脱という現象を研究してきました。その記録は3冊が出版され、本書を執筆後まもなく鬼籍に入ったために、これが最期の著書となりました。

著者は42歳の時から頻繁に体外離脱という現象を経験するようになり、それを研究するために私費を投じて研究施設を作りました。研究所では音声を「ヘミシンク」という特殊な方法で聞かせると、変性意識が生じて体外離脱を起こしやすくなることを発見しました。そして自らとボランティアたちの経験を20年以上に亘って集積し、その世界の探求を長く行ってきました。本書は著者が長い間積み重ねてきた知見をまとめた総括にあたる展開となっていて、様々な伏線が収束し、次のようなものが心に残りました。

「人は始原の創造主が送り出した体験する自我で、いつか前世や来世など全ての経験を携えて彼の元に帰還する。」
「自我は時空を越えて分割していて、中には精神的な衝撃を受けてさ迷っている分体もいる。分体の救済は生きている今、変性意識状態で行なうことも、死後に精神体として行なうこともできる。」

「宇宙における真のエネルギーは便宜上『Mフィールド』と呼ばれている。 思念や生命に反応する途方もない力だが、人類はその存在すら気づいていない。しかし中には少数ながらその力を自在に使いこなす者もいる。彼らは自己の探求のために力をひっそりと使い、気づかれぬように世を去っている。」

他にも宇宙の誕生、創造主、死後の世界、人類と起源を異にする未知の生命体との邂逅、記憶や能力の制限なく受肉した超人類との出会い、時間や次元を超えた「自分」との遭遇など、壮大な物語、深遠なビジョンが展開していました。

短い章ごとにまとめられていますが、それぞれが神話のように原型的なイメージを想起し、心の琴線に触れるエピソードが多く、評者の乏しい経験と語彙では要約や感想を表すことが難しいものでした。
この言葉で表しにくい物語を日本語にした翻訳者の力量には驚嘆します。
最終的に体験を伴わなければ理解できない世界のことかもしれませんが、再読して未消化の部分をもう少し味わってみたいと思いました。
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capitan_futuro
圧倒的な迫力の本
2002年2月19日に日本でレビュー済み
この本の内容が真実であるのか、著者の妄想であるのか、それは知らない。しかし、驚くべき内容が書いてある。読み進むうちにぐいぐい引き込まれて最後まで一気に読んでしまった。

著者によると生きながらにして人間の霊魂が肉体から抜け出るという体外離脱能力をだれもが持っているらしい。著者が設立したモンロ-研究所は著者が死亡後も引き続きその研究を続けている。

本書で語られる内容はインスペックと著者が名づけた知的生命体との出会いのほか、大昔の地球人や非人類の知的生命体との邂逅も語られている。体外離脱を信じない人であっても、第一級のSF作品として楽しめると思う。従来のSF作品をはるかに超えた内容を本書は持っている。
86人のお客様がこれが役に立ったと考えています

polo23
ついに『創造主』に接近か?
2007年1月13日に日本でレビュー済み
前書「魂の体外旅行」の文章は読み辛かったですが、本書ではその点は改善されています。良かった。
「魂の体外旅行」から、更に体外離脱体験のスケールが広がった…のかどうかは正直、読んでもよくわかんなかったですが(笑)

この巻では、『トータルセルフ』と『創造主』の存在が明らかにされました。トータルセルフとは、つまり「向こう」にいる無数の私の事であり、過去生を含めた全ての私の集合体のことです。これについて語っているヘミシンク本は数多くありますが、いつも抽象的なものに感じていました。この「究極の旅」の説明が最もわかりやすいです。何故この「私」を理解することが重要なのかがわかります。江原さんの言う「グループソウル」に近いものかもしれません。

『創造主』の存在についてはまだよくわからない、と本には書かれていますが、少なくとも、それに接近することは出来たようで、モンローはその体験を「完全なる自由」「究極の道」と表現しています。本のタイトルもここに由来するものでしょう。控え目に言っても、興味深い話です。

こうした、トータルセルフと創造主の存在により、「死後に肉体を離れた無数の人々を、自分自身がレスキューしなければならない理由」が明らかになった、とモンローは言います。それは『私たちが真に1つとなるため』『数限りない経験と、愛と言う贈り物を携えて、創造主のもとへ向かうため』…だということです
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中国滅亡は滅亡へ、という今日の投稿をするために、NATOについての過去記事を探し、TPPとNWOの正体についての記事を再見。この参考ブログが面白かったので、毎日見る用に保管しようとしたけど、残念ながら2013年で更新が終わっていた。

その最後の投稿。私も2回の予言を受けたので、こういうことが起きることはとても理解できる。この方は夢と言っているけれど、その後に何もブログを書いていないことから、予言だと気づいて他のことを始めたのかもしれない。

予言なんて言うと「夢でしょ?」と昔の私なら否定していたけど、夢と違ってぼんやりしたものではないし、まるで寝ていなかったかのようにパチッと目が覚める。寝起きが悪い私でもそうなのだ。

このブログに書いてあることを読んで、私は考えた。モンローという人の本によりそういう考え方が広まったのか、それとも結局それが真実だからデータとしてまとめると同じような内容になってしまうのか。これは何かの宗教とか洗脳なのか?しかし気になる・・・。時代が変わっていくよ。

今日不思議な夢(?)を見て目が覚めた!(2013-05-24)
どんよりとした空。今日は曇りのち時々の予報になっていますが、どうなることやら。

朝の3時半近くに突然目が覚めました。奇妙な夢をみて、目覚めたのです。夢というのは全く理解のできない情景を創造しますが、今日みた夢に、何故か!?あのア、ソウーが出てきて私と会話を交わしているのです。

彼が私に問います。「君は何故、政治の世界に入ってきたのかね?」
私が答えます。「マルクスが想像した共産世界を超えた自由な人間の世界を創りたいと思うからです。そのためには、個々人が自立した意思を持たなければならないのですが・・・。」

とここまで答えた時、突然、エデンの園とR.A.モンローが霊体離脱してみてきたという概ね百万年前の世界が折り重なっていることに気づいたのです。そこで、ハッと目覚めました。

スェーデンボルグやモンローも言っていますが、夢を見ている時の多くは霊体離脱しており、あの世で訓練しているのだそうです。

そのことはさて置き、モンローの「究極の旅」は3度ほど目を通しているのに、そのことに気づきませんでした。多分、あちらの人が教えてくれたのでしょう。

『「こういうわけで、男は父母を離れて女と結ばれ、二人は一体となる。人と妻は二人とも裸であったが、恥ずかしがりはしなかった。・・・「人は我々の一人のように、善悪を知る者となった。今は、手を伸ばして命の木からも取って食べ、永遠に生きる者となるおそれがある。」』(聖書・創世記・2-24.25/3-22)

『二人は男性で二人は女性だった。これは簡単にわかった。みな、服を身につけていなかったから。・・・「言いたいことはわかる。でも、虫もウイルスも我々と協調しているんだよ。ロバート。対立はないんだ。死ぬということについては・・・君の言う<死ぬ>ということを、我々は遠い昔にやめてしまったよ」・・・』(「究極の旅」39p~44P)

モンローが案内されて見てきたという約百万年前の人々は裸体で過ごし、会話はテレパシーにより行います。物は意識によって創造でき、天候も左右できます。天候を左右できるという能力は、霊能者の竹内満朋氏が晴天の日に雨を降らせてみせたというエピソードがあります。

まぁ、そいうわけで、エデンの園はこの地球上に存在し、神に管理されたアダムとイブではなく、そこにいた200万人強という人々は自立した超能力者であり、かつ、強力な連帯意識で結ばれていたということです。モンローによれば、彼等は一斉にあるところに向かって旅立ったということでした。

旧約聖書の創世記にみられるアダムとイブの物語は、脚色された神話でありますけど、モンローが見せられた世界が事実であるとすれば、私たちは彼等のように物の支配の世界から抜け出し、精神の世界へと入ることができるということを意味しています。とはいえ、私たちは”あちらの世界から来た住民”であるわけですから、死があろうが無かろうが、やはり、あちらの世界へ帰らなければならないのかも知れません。こんなことを書いていましたら、ふと、かぐや姫の物語を思いだしました。

夢で見た話を、取り急ぎ、まとめてみました。また、お会いしましょう。




失った指を再生する魔法の粉。

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こういうモノ、世の中にはたくさんあるのに、隠蔽されているんだろうなあ。特に医療業界・・・。医療業界への不信感がどんどん高まっているのが分かる。そっぽ向かれたり嫌う人が増えてきたら、テレビと同じように業界全体が死んでいくのでは?





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やっぱり欧米のキチガイな悪魔崇拝グローバリスト・イルミナティによって、歴史が隠蔽・改ざんされていたんだな。

急にイタリアでルネッサンスが始まったのも、言われてみれば変だよね。ヨーロッパへ旅行すれば分かるけど、ヨーロッパ人って大したことないから。ヨーロッパ人が好きなのか、そういう風に洗脳されているのか、あちらこちらで「ダ・ヴィンチ展」を開催しているのを見た。教会の中を美術館のような会場にしていたり。あれはイエスズ会などによるプロパガンダだったのかもしれない?つまり、ダ・ヴィンチから何から、やはりヨーロッパでも有名人は工作員または1%族に利用された人。


1421ー中国が新大陸を発見した年(Gavin Menzies)の書評。

ムーからきた男
史実かどうかはさておき…。
2018年8月18日に日本でレビュー済み
 コロンブスよりも前に鄭和艦隊がアメリカ大陸に到達?史実かどうかはさておき、鄭和艦隊が喜望峰を超えて、世界を就航したというロマンあふれた話でした。この本でも紹介されていましたが、ずいぶん前に読んだ本にフィジーの遺跡から発見された明朝時代の陶器の話がありました。どういったルートでその陶器がフィジーに渡ったのか謎のままでしたが、この本を読んで「なるほど、鄭和艦隊が持ち込んだということもあり得るか」と思いました。バハマの「ビミニロード」の話も考え方としてはユニークで面白い。もしかすると世界中に置き去りにされた鄭和艦隊の子孫たちがいるのかもしれない。しかし物的証拠が乏しいのがこの本の弱点かもしれません。研究と発掘の成果が待たれます。その結果、この本が唱える説が否定されてもインド洋航路の安全を確保した鄭和の業績が偉大なものであることには変わりませんが。
 だた、現在行われている、インド洋沿岸の発展途上諸国に半ば無理やりお金を貸付けて、返済が滞るとその国の港の使用権を強引に得るという現代中国の海洋進出と、朝貢外交を目的とした鄭和の業績を同列に並べて見てはいけないと思います。
 1人のお客様がこれが役に立ったと考えています


雀士ゆきみね
中国が明の時代に世界初の大航海が行われた!
2020年12月27日に日本でレビュー済み
 鄭和の大航海はNHKでのドキュメンタリーで初めて知りました。詳しく且つ一般人にも解りやすい本を探していたら、この世界的なベストセラーに出会いました。わくわくしながら当時視聴したドキュメンタリーを重ね合わせて読みました。更なる研究が積み重ねられ、いずれ世界史の更新があれば、「大航海は明国の鄭和から始まった」と記述されるでしょう。


読書人mm
今中国が目指す海洋進出の裏読み
2016年1月24日に日本でレビュー済み
 ヨーロッパ中心の世界史から中国を見直す裏読みができる。フィクションかノンフィクションかを決めかねる。本書は、中国「明」の時代、大航海を指揮した「永楽帝」とその実行部隊「鄭和」から始まり、コロンブスのアメリカ大陸発見より早く、またマゼランより早く世界地図を読み取ったことが、ヨーロッパ世界史を見直すきっかけとなったことを中心に描かれている。今、中国が海洋進出を進める根拠が、「鄭和」にあるという裏読みの東アジア外交のドラマに結びつく。それが、中国の自信につながっている。世界経済GDP第二位の地位に甘んじるのか、それとももっと豊かな中国を目指すのか。「赤い明」は成り立つか。歴史エンターテーメントの面白さはある。
 6人のお客様がこれが役に立ったと考えています


甘木太郎
コロンブスよりも70年早くアメリカ大陸を発見した鄭和の人間ドラマ^_^
2018年8月12日に日本でレビュー済み
 ^_^ 世界史や中国の歴史のテキストを読むよりも、この「1421」1冊を熟読した方が遥かに多くのことが学べる。鄭和や永楽帝を始めとする人物の詳細な描写、その時代の様々な生活様式やエピソード。まさに生きた歴史は具体的な人間ドラマであることが実感できる。小難しく抽象的な教科書で学ぶ学校の歴史は、血が通わない筋書きのようなもので、それを歴史だと勘違いされては困る。


oniheiji
琉球の船が新大陸に???
2005年2月28日に日本でレビュー済み
 1492年にコロンブスがアメリカ大陸を「発見」したなんて、欧米人の傲慢な態度に辟易する方にはうってつけのこの一冊。特に興味を惹くのは、前書きにある「・・・鄭和の航海に随行した日本や琉球の船は、ヨーロッパに先駆けて新大陸に到達していたのだ。」という部分。いやぁー、驚きます。でも・・・ホントでしょうか?
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敬天愛人
世界の歴史認識を変える1冊
2011年4月4日に日本でレビュー済み
 この本に書かれた鄭和艦隊による世界一周があったかどうかは賛否両論があると思う。ただ、一つ間違いないのは、1400年代前半に明の大艦隊、すなわち、全長140m、幅58m、百隻を超える船団、はその半世紀後のコロンブスの船と比べるとあまりにも規模が違うことであり、それだけの大航海を、大航海時代のヨーロッパに先駆けて行った事実である。アフリカ大陸まで行っていたことは周知の事実であり、インド洋の航海は、古代からよく行われていたので、それほどの難しくなかったことも予想される。(マダガスカル島にはインド人が多くすんでいる)。一部の船が喜望峰を超え、自然の流れで南米大陸にたどり着いたということも確かに十分考えられる。コロンブスが確信を持って西に行けばインドがある、と思っていたことも、この事実の裏づけになるかもしれない。
 いずれにせよ、イギリス人がこの本を書いたという事実は、中国人にとっては大きな自信になっただろう。この書物が出た当時、香港の空港に、何冊も積み重なって置かれた中国語版1421がまだ記憶に残っている。
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yass
壮大な歴史ロマン
2004年1月7日に日本でレビュー済み
 明の国力を持ってすれば、世界への大航海は不可能ではないと考えます。世界中に残る物的証拠を積み重ねていきますが、中国自体が歴史を埋没させる国だけに残念です。皇帝が変わって鎖国政策をとったことにより、その後の発展が見られなくなったことが本当に残念です。今年最初に面白い作品に出会えました。
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黒田 進
いわゆるトンデモ本
2014年4月3日に日本でレビュー済み
 最初に断っておきますが、私は鄭和の航海を否定するつもりは、全くありません。作者は全て破棄された、その記録を欧州側の地図・資料から推測し、次にはその推測をもとにあらゆる事を導き出している。新大陸東西両岸・北極圏のグリーンランドから南極大陸まで、地球上のありとあらゆる場所に痕跡を残していると主張していながら、なぜか大西洋に面したスペイン・ポルトガルは「発見」していない。世界各地に残っているとされる石碑には、なぜか漢字ではなく謎の言語が刻まれているらしい。他にもおかしな所が満載。
 あなたが、ここのところすっかり元気が無い、ムー大陸・アトランティス文明・宇宙人・UFOに
興味があるのなら、この本は格好の暇つぶしになると思います。
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お客様
ヨーロッパ人が中国人を讃える壮大な歴史ロマン
2004年3月15日に日本でレビュー済み
 この本の結論は1421~23年、永楽帝の命を受けた鄭和の艦隊の指揮官たち-洪宝、周満、周鼎-が、それぞれ別ルートで世界一周を果たし、帰国後、その成果を、南北米、南極、オーストラリアその他まで描かれた非常に正確な「世界地図」としてまとめた、というものです。だから、アメリカ大陸やマゼラン海峡、南極の発見などは、コロンブス、マゼランといったヨーロッパ人の手柄でなく、鄭和艦隊ひいては中国人の栄誉に帰すべきだ、と主張しています。
 さらに、例えば「マゼランはマゼラン海峡の書かれた地図を最初から持って航海に出た」と大胆な推測がちりばめられています。著者は、世界一周の証拠として、世界各地に残る中国起源の文物をあげています。
 しかし、それらすべてを鄭和艦隊に帰するのは無理があります。宋~明の数百年は「中国の大航海時代」。長い時間の中で、伝播していったものとみるべきでしょう。ただ、自分たちが世界史の主役だ、と主張してきたヨーロッパ人が、こういう本を書いたのは興味深いこと。当の中国は、改革開放で新たな勃興期真っ盛り!内容もさることながら、欧米人にとっては、非常にタイムリーに登場した本、ということで話題を呼んだのでしょう。
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アジアの息吹
埋もれた海の帝国!
2004年2月29日に日本でレビュー済み
 最近では、コロンブスもマゼランも、今まで歴史上発見者と言われてきた人物の業績が決してそうではなかった、ということが明らかになってきている。この本に書かれていること全てが事実そうであったかということについては、これからの実証的研究が待たれることだが、そういう屁理屈は別として、大変知的興奮に満ちた書であることは間違いないであろう。
 近年とみに注目を集める中国だが、歴史上ほとんどの時間、文明のトップに君臨し続けた、文字通り5000年の帝国であり、ヨーロッパだのは片田舎に過ぎなかったのだ。その埋もれた海の帝国の姿を蘇えらそうとする試みには大変興味をそそられる。
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ペトロニウス
教科書に書かれた歴史が真実とはいえない
2004年4月30日に日本でレビュー済み
 社会人になると、学生の時ほど猛烈に読書を体験しなくなったが、時に自分が歴史の教科書で習ったはずの「事実」が覆る学説が登場していることがあり、驚嘆させられることがある。立花京子さんの『信長と十字架』もそうだし、この1421もそう。科学史家のクーンのいうパラダイムの転換を肌で感じます。
 この本の主張は、コロンブスの新大陸発見に先立つ1421年には、永楽帝の命を受けた宰相宦官鄭和の艦隊によって、世界地図が既に完成していた。マゼランたち大航海時代のヨーロッパ人たちは、中国人の作成した地図を既に持ってて航海を行っていたと主張します。歴史の事実や中国の当時の技術レベルや遺跡の発掘によって、ほぼこの事実は証明されるでしょう。時代を感じますね、倣岸にも世界の主人公だと嘯く英米からこういう主張が出てくることは。ただ同時に、これほどの大偉業をほとんど抹殺してしまった中華帝国の『歴史』に対する感覚も、また凄いなと感心してしまいました。
 興味深かったのは、著者のギャヴィンさんは、英国海軍の潜水艦の元艦長だそうです。専門的な知識を持つ職業人の体験と知見からは、地図の読み方が、机の上でものを考える歴史学者とは、かなり異なるという証左なようです。その道の専門家が、ちゃんとかんがえると歴史は捏造されている部分も凄く多いのかもしれませんね。
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カスタマー
1421 中国が新大陸を発見した年
2017年3月30日に日本でレビュー済み
 沖縄の県議からのおすすめで、琉球にまつわる話で面白かったです。


三輪博章
大切にして欲しい本です。
2015年7月13日に日本でレビュー済み
 この本は、いわゆるUFO本等のトンデモ本ではありません。大衆向けに平易に書かれた学術書です。原子力潜水艦の艦長という公職にあった方が、自身の経験・知識に基づいて、公職に恥じない本を、真面目に書いた本です。私は、後進に優秀な人物が現れ、学問が進展することを期待しています。
 しかし、鄭和の宝船艦隊の偉業は、近年の中国の南シナ海侵略の正当性根拠とされ、政治利用されています。その反動として、歴史的偉業が正当に評価されず、逆に、政治的理由から抹殺されかかっていることが、非常に憂慮されているというのが、2015年の現実です。
 なるほど、潜水艦の艦長なら、海面10m位以下の視点が大型船のそれとどう違かも、危険をはらんだ浅瀬を航海する難しさも、船からみた陸地を記録するとはどういうことかも、1海里という海上距離も、世界中を航海するということも、理屈ではなく、体験を通じて全部知っている。だからこそ、こういう本が書けたのだと感心せざるを獲ない。つまりこの本は、日本の近代以前の航海技術を研究している私にとって、非常に参考になった本でした。
 とまあ、堅いことばかり書きましたが、非常に平易に書いてあるので、一般向けの娯楽本としても十分面白い。固定観念にとらわれず、一読されることを、お勧めします。ほんと、おもろいですから。
 実は、コロンブス以前の地図を観ると、出発したい一心で嘘を書き込んだにしては、どれもこれもあまりにも正確に新大陸その他を描けてしまっている。そして、発見してから、古い発行年で海図を描いたにしてはあまりにも大雑把に描いている。永年解せなかった疑問が、この本を読んで、私は氷解した、、、。種となった海図が鄭和達の残したものだとすれば、こうなると合点がいったからです。そう、鄭和の時代の航海技術と海図作成技術では、ああなるよなと思わずにいられなかった。
 それからもう一つ、七福神の宝船は、たぶん、鄭和の宝船艦隊という古い記憶から来たものです。そう、たとえ中国で公式記録が抹消されても、宝船艦隊の記憶は、それ以降、東アジアを縦横に航海するようになった、いにしえの航海者の間では、代々語り継がれてきたんですよ。つまり、この本の著者が最初の発見者ではない。室町から江戸にかけての古い文献に書いてある。唯、アメリカという言葉が書いていないだけなんだ。だって、鄭和の時代はまだ、アメリカという名前の由来になったアメリゴ・ベスブッチは生まれていませんからね。
 それにしても、こういう切り口で見せてくれたことに、私は感謝している。良く描けている、、、。これは、一読に値する本です。是非、一読し、蔵書として大切にされるべき本です。故に、☆5つです。
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アリゾナ農婦
世界史への挑戦
2006年7月28日に日本でレビュー済み
 長年、アメリカインディアンのことに首をつっこんでいます。そこで彼らがどこから来たかというと、従来からの説はベーリング海峡から徒歩でやって来たという。これは完全におかしい。そう思っているうちにこの本に出くわしたと思ってください。私は現在、アメリカ大陸のことはすでに紀元前に地中海の人間は知っていたとの結論に達している。その証拠が数多くあるからです。ところが中国人もどんどんやってきているのですよ。それはこの本が明らかにしており、私は中国人アメリカインディアンがいても全然不思議でないと思っている。しかしながら、鄭和の探検だけがそのすべてになるというとちょっと無理がありますな。中国人はもっとそのずっと古代から米大陸を知っていたらしいですからね。
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@miracle_358
【必見!ケムトレイル対応策まとめ】
いつまでも治らない、何度もぶり返す風邪〜アレルギー様症状、目や皮膚の痒み、頭痛、首〜肩こり、倦怠感等ありませんか?もしかしたらそれ、ケムトレイルに含まれる重金属やホのせいかもしれません。
対応策を纏めてみたので、よろしければお役立てください。

私が特に気になる所だけメモ ↓

【鼻の症状】
●上咽頭鼻うがい
上咽頭は免疫細胞が集まっている器官。普通の鼻うがいでは上咽頭は洗えません。上咽頭を洗うやり方をマスターすると、格段に鼻の症状が良くなります。全身にも作用しますよ。このうがい液は通常の倍の濃さです。鼻粘膜が炎症を起こしている時はしみますが、効果はてきめんです。
・精製水 500ml
・シリカ粉 小さじ1〜2またはシリカリキッド2〜3滴
・ぬちまーすor神宝塩 小さじ2
・天然重曹 小さじ1〜2
・超高濃度Mg 10滴
※シリカ粉使用は自己責任でお願いします。

→上咽頭鼻うがいの詳細はこちら↓
http://garnett2004.blog.fc2.com/blog-entry-35.html

●ナスヤ
https://twitter.com/miracle_358/status/1339939672701583363

全文 ↓ ↓ ↓


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涼(RYO)
@Pk64LsQHNS9BH0y
食用の重曹ティースプーン1杯、クエン酸をティースプーン半分くらいを、水に溶かした物を食後に飲んでいる。私は実は糖尿病でオシッコが泡立っていたのですが、クエン酸と重曹を飲み出してから、オシッコ泡立たなくなって驚いている。食用の重曹ティースプーン1杯、クエン酸をティースプーン半分くらいを、水に溶かした物を食後に飲んでいる。


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メドベッドというものが本当にあるらしい、とは思っていた。


でも、旧支配者派閥の悪魔崇拝グローバリスト・イルミナティはコロナやワクチンやマスクで99%族をホロコーストしているのに、なぜトランプ陣営(悪魔崇拝ナショナリスト・イルミナティ、シオニスト)はそんな素晴らしい機械を導入したり99%族に使わせようとしているのか?地球や動植物を何とか生きながらえさせる環境問題や、人口を減らさないといけない問題は、誰が采配を持っても必ず直面することなのに・・・。

シオニストはイスラエルでワクチン打ちまくっているし、言ってる事とやってることが矛盾している。トランプ陣営がメドベッドを導入すると言っている、というデマを誰かが拡散しているだけ?

しかし、この記事を読んで、環境問題のためにメドベッドを導入する可能性もあるなと思った。メドベッドでいちばん損をするのは医療業界だ。薬を使わなくなれば環境破壊がなくなる。薬を常用している人のうんこやおしっこ→海(自然)がなくなるからだ。


情報が交錯しているけど、薬を使わなくても良くなるのなら、何でも賛成だ。個人的にも、最近不思議な経験をしているし。実は医療業界が全てを隠蔽していただけなのだろう。メドベッド以前に簡単に治るのが真実だと思った。

カテゴリ:非常識が常識に。隠され潰されていた情報。


メドベッドがまもなく公開される。ファクトチェックのお墨付き、つまり真実。

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ファクトチェック=つまり真実。メドベッドなんて嘘だあ~(笑)と思っていたけど、悪魔崇拝グローバリスト・イルミナティたちがファクトチェックしてまで隠蔽したくて仕方がないものらしい。真実は想像以上に奇妙なり。今まで発明を奪われ隠され、進化を抑えられていたのか。

それよりも、メドベッドが存在するということは、宇宙人はいると信じなければならない(笑)。


ファクトチェック:「MedBeds」と「TeslaChambers」は、公に隠された地球外で造られた急速回復装置ではありません。

「メドベッド」と「テスラチャンバー」は、医学的病気を一掃する能力を持つ地球外で作られた急速な治癒装置ですか?いいえ、そうではありません。これらの機能を備えたデバイスが存在するという証拠はまったくありません。「メドベッド」と「テスラチャンバー」と称される画像は、地球上の人間によって作成された画像であり、文脈とはかけ離れています。
この主張は、2020年8月26日に公開されたFacebookの投稿です。


「メドベッド:2020年6月14日にトランプ氏は、「1年以内に、ほとんどすべての病院の手続きが廃止されるだろう」と述べました。すべての都市には、すべての病気を治すとともに、DNAを治癒および修復することができる多くの医療用ベッドとテスラチャンバーがあります」.
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2020年6月14日、大統領はニュージャージー州ベッドミンスターからホワイトハウスに移動した。その日からの公式報道スケジュールによると、トランプ大統領は2020年6月14日(偶然にも彼の誕生日)には、Facebookの投稿のような発言はしていません。

投稿は続きます。

「(30歳の年齢に)若返ることができる
NO MORE がん
NO MORE自閉症
NO MORE 線維筋痛症
ワクチン不要
NO MORE アルツハイマー
NO MORE 関節痛
NO MORE 欠損
...証拠は彼が署名した大統領命令にあります」.


このような装置が存在すると述べている世界の医学界からの文献はありません。また、国立公文書館の連邦官報によると、2020年、 2019年、2018年、または2017年に署名されたトランプの大統領命令のいずれにも投稿の主張に関連するものは何もありません。

Facebookの投稿によると、「メドベッド」は地球以外の惑星からのものであるとのことです。

「メドベッドの技術は地球からのものではありません。それは人間が作った技術ではありません。これは、地球外の宇宙人によって人類に与えられたテクノロジーです」.

そして、この投稿は、「メドベッド」テクノロジーについて「何十年、何世紀、そしておそらく何千年もの間隠されてきたと彼らが知っていることを開示するために前に出て来る」と2人の個人を信用しています。

「これらの勇気ある魂のうちの2人は、スタートラベラーのイリアナ(彼女のインターネット名)とジャレッドランドです。イリアナは、火星の秘密宇宙プログラム資産としての彼女の個人的な経験から、ホログラフィック医療ポッドに関する情報を書きました...」.

ただし、投稿やその他のソーシャルメディアユーザーが「メドベッド」であると主張する画像は、実際には、3Dグラフィックスで使用されるこれらの3Dモデルを販売するデジタルメディア会社TurboSquidで人間が作成した3Dモデルです。これらの元の画像はここにあります。
0000

「テスラヒーリングチャンバー」と称される星のような構造の画像は、電気自動車会社とは関係のないオーストラリアを拠点とする会社の「テスラスターヘンジ多次元発振器」の写真です。テスラStarhengeのウェブサイト。

「エネルギーはあなたのパターンをリセットするのを助ける振動に変わる周波数を作ります。これは順番にあなたがあなたの人生のすべての領域であなたを妨げている閉塞を乗り越えるのを助けます。多くの人が、この経験は非常に育成的で、支援的で、精神的で、中心的であると言います」.

テスラスターヘンジがFacebookの投稿が主張する病気を治す能力を持っているという証拠はありません。

YouTubeのリンクと題した2時間、8分間のビデオにポストのリード線の途中、 " チャンネル「neologicaltech」の「SSPの癒しの技術と顕現の科学」(うさぎの深い穴に陥ることなく、SSPは別の陰謀説である「秘密の宇宙プログラム」の略)。このチャンネルは、瞑想装置を販売するウェブサイトneologicaltech.comの運営責任者でもあるJamesRinkは、このYouTube動画のどこにも、Medベッドが存在する、または装置にこれらが存在するという具体的な証拠を提供していません。医療能力。


このFacebook投稿の最初のチャンクは、QAnonと同様に、「Q」によって署名されています。Qは匿名ユーザーであり、予測と陰謀論をオンラインで投稿し、QAnonの陰謀論の傘の出現に大きな責任を負っています。Facebookの投稿の主張は、QAnonの特徴的な陰謀説の1つと一致しています。それは、政治家のグループまたは「ディープステート」が存在し、重要な真実を一般の人々から遠ざけているという考えです。

2020年9月4日、BuzzFeed Newsは、QAnonを集団的妄想と呼んでいると判断し、「これは陰謀論ではなく、もっと大きな問題だ」と言っています。


Tonya Lisherのfacebook投稿記事全文。
トーニャ・ライシャー
8月26日 6:57 PM

メドベッド
トランプは6月14日に国民に向かってこう言いました。"1年後かそれ以降には、ほとんどすべての病院が廃止になっているだろう "と。

すべての都市には、すべての病気を治療し、DNAを修復し、あらゆる病気を治療することができる多くの医療ベッドとテスラチャンバーが置かれる。

加齢による老化現象はなくなる(30才若くなる)。
癌はなくなる。
自閉症はなくなる。
線維筋痛症はなくなる。
ワクチンは必要ありません。
認知症はなくなる。
関節の痛みがなくなる。
これ以上の欠陥はない。

私たちは、彼がすることに同意しないかもしれませんが、トランプは、過去10人の大統領を合わせたものよりも、人類のために多くのことをしています。証拠は、彼が署名した執行命令にあります。

メドベッドには、胆嚢、腎臓、リンパ節など、不足している臓器を再生する能力があります。等。光のスペクトルと周波数の使用を通じて。www.youtube.com/watch?v=0zV7VEVst7cを参照してください。

最高のものが来ている。~ Q
メッドベッドの技術は、長い間、一般の人々から「抑圧」され、隠されてきました。幸いなことに、この時期に起こっている3Dから5Dへの惑星シフトと、人間の集合意識による透明性への要求が高まっているため、数十年、数世紀、おそらく何千年もの間、隠されていたことを知っていることを公開する勇気ある人々が増えてきています。これらの勇気ある魂のうちの二人は、スター・トラベラーのイリアナ(彼女のインターネット名)とジャレッド・ランドです。

イレアナは、火星での秘密の宇宙計画要員としての個人的な経験から、ホログラフィック・メディカル・ポッドに関する情報を書いています。彼女の情報はこの記事の後半に掲載されています。ジャレッドは、何十年にもわたって地球移行に取り組んできた非常に知的で知識豊富な人物であり、一般の人々が知らない多くのトピックについての情報を持っています。これには、量子金融コンピュータシステム、反重力推進、レプリカケータ、医療ベッドのような人類への地球外のETの技術の贈り物を含むが、それに限定されない情報があります。

タキオンエナジー&プラズマエナジーメッドベッド
メッドベッドには3つのタイプがあります。1)ホログラフィックメッドベッド。 2)組織と体の部分を再生する再生メッドベッド。これは、別の電源から電力を供給されます。 3)約2〜3分で人体全体を頭からつま先まで再生する再噴霧メドベッド。

この高度な技術は80歳の女性にとって何を意味するのでしょうか?彼女は3分以内に再び30歳になることができます。50年の歳月が彼女の人生から剥がれ落ちた。今、彼女は再び子供を持つことができます。彼女が望むならば、彼女は全く新しい家族を持つことができる。この筆者には、医療ベッドの技術が永遠の若さの泉になっているように見える。

メドベッドは身体を見て、不完全な部分を修正します。テクノロジーはかなり前から存在しています。澄んだ青い空から外れたものではありません。長い間、人類から隠されてきたものなのです。

メドベッドの技術は地球のものではない。人間が作った技術でもない。地球外生命体が人類に与えた技術だ。メドベッドはタキオン粒子エネルギーとプラズマエネルギーに基づいている。土も大気も水も、すべてがプラズマエネルギーであり、宇宙のすべてがプラズマエネルギーであり、振動周波数によって全く異なる形になります。

メドベッドには制御可能な人工知能(AI)が搭載されているので、制御不能になって暴走することはありません。AIはコンピューターです。それはMRIのようなもので、チューブの中に座ると、体の上を回転して磁気振動と共鳴スキャンを行い、病気を診断します。メドベッドは、皮膚、筋肉組織、すべての臓器、体のすべてをスキャンします。血液のミクロンレベルまですべてを表示します。実際にあなたのDNAを識別し、身体の完全な内部分析を行います。そうすると、あらゆる病気や遺伝的な不完全性が検出されます。例えば、ステージ4の白血病になっても、メドベッドで約2分半で治る。副作用もない

また、臓器を切除されたり、体から取り除かれたりした場合、メドベッドの再解剖プロセスは、臓器が取り除かれなかったかのように再生します。なぜなら、あなたの体には共鳴、つまり振動周波数が残るからです。体は臓器が取り除かれた時や動作を停止した時を常に記憶しており、メドベッドの人工知能が体の振動周波数とDNAにリンクして臓器を再生させるのです。

ランド氏は、がんの研究を何年も何年も研究してきたという。メドベッドを使えば、がんは一日中治すことができ、非常に簡単に、そして非常に安価に治すことができると彼は言う。なぜなら、彼は人々のためにそれを行ってきたからだ。メドベッドがあれば、がんは消えます。化学療法が不要になります。ルー・ゲーリック病、ホジキン病、筋ジストロフィー、すべての病気が消え、排除される。

ランドによると、メドベッドを使った治癒のプロセスはSFだと信じている人もいるそうです。本当のはずがない、誰かがでっち上げたんだ!と。誰も信じていないので、大量に製造して流通させるのは簡単なのです。

「このメドベッドにいる時は、痛みを感じることもなく、放射線を浴びることもない。それは邪悪な出来事のようなものではない。深い眠りに入るのです。注射も針も何もない。目が覚めて鏡を見ると、不気味な肌は消えていて、白い髪の毛はあなたが20代(20代)の頃の色に戻ります。視力も聴覚も味覚も嗅覚も同じ。すべてのものが、再び完璧な若い頃の状態に復元されるのです」。

これは、新しい地球と新しい人類のための新しい時代です。これは、私たちが生きてきたものとは全く正反対のものです。これらの技術はすでにここにあります。問題は、それらを安全に、安全に、それらを使用できる人々に届けることです。

スーザン・ワトソン・ブラウンに感謝します。


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重曹はダイソーで巨大なサイズのを大量に買って保管している。それはお掃除用で食用ではない。でもうがいするのに使ってしまっている。自分で責任とればいいし、ちゃんとした商品や健康法でやってもやりすぎて結局病気になったりしたので、何を使うかよりもやりすぎないことが何よりも大事。

重曹とクエン酸を水に溶かして炭酸水を作って飲む健康法。私は前から知っていたけど、炭酸水なんかで健康になるのか?と疑問に思っていたのでやらなかった。でも先日の記事で効能があったと言う99%族の証言が結構多くあり、きっと探せばもっとあるだろうな、じゃあ私もやってみよう、と思った。効き目がなければやめればいいし、やりすぎなければ大丈夫。(検索したら、1日〇gまでならリスクはほとんどない、と書いてあることが多い)。

そんな脳内なので、お店に入ると何となく重曹やクエン酸なども探し始めている。セリアで初めて探してみたら、なんと食用の重曹やクエン酸が置いてあるではないか!クエン酸の方が120g、重曹はその2倍の240g。ドラッグストア数軒で値段を調査したけどここが最安値だし、日本の会社のだから心理的な不健康さも減る。

という訳で、セリアの重曹とクエン酸で作る炭酸水を飲んでみよう。クエン酸はお酢や梅干しなどいろんな種類に変えたりして、できるだけいろんな物を食べるようにする。マグネシウムも必要らしいので、まずは近所でダメもとで探してみる。


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現在のメジャー音楽(ポップ、ロック、演歌、クラシックなど全て)は周波数を440ヘルツに設定しているらしい。ソルフェジオ周波数以外のヘルツは悪魔の音楽、つまり悪魔崇拝者の世界にするための洗脳音楽だと読んだ。よくわからないけど、そのまま信じてみよう(笑)。まともで本来あるべき姿のソルフェジオ周波数の音楽を聴く。




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重曹とクエン酸(お酢などもOK)で作る炭酸水の効能と、なぜそれが効くのか?という根本的な理由。


432Hzと音の周波数に関する In Deep の記事

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432-440-05

シュタイナーが警告した「432Hzではない基本音調の世界は悪魔を勝利に導く」 を体感してみました


ジョン・レノンの曲に DNA を修復するといわれるソルフェジオ周波数 528Hz コード「だけ」で作られていたものがあることに気づいた日の少し前に「宇宙の周波数」と言われる 432Hz を示すクロップサークルが発見されていた


ソルフェジオ周波数 528Hz に石灰化した松果体を正常に戻す可能性がある? あるいはそこから導かれる「隠されたマルコによる福音書」の記述にも励まされ


5000年前から「ソルフェジオ周波数」を駆使していたかもしれない古代人:イタリアのハル・サフリエニ地下墳墓で見出された正確な周波数の共鳴が鳴り響く完璧な設計の部屋


太陽から出ている周波数は「人間の DNA を修復する528Hz」だった


プレアデスという場所の人も「世界は音によって完全に変えることができる」と言っていたことから改めて思う「周波数と世界の関係」


「恐怖からの解放」についてのメモ : 現在の地球の人間は何によってコントロールされているのか


宇宙の創造…ひも理論…432Hz…528Hz…ライアー…:数々のシンクロの中で、この世の存在は「音そのもの」であるかもしれないことに確信を持てそうな春の夜


音と病気の関係を示す驚異的な発見 : 人間の細胞は「音を発している」。そして「ガンになると細胞の音の調和が崩壊する」ことを米英の研究者たちが突き止める

米マサチューセッツ工科大学の科学者たちが「音と光だけ」を用いてアルツハイマー病での脳内プラークを消した


「音のパワー」が次第に明らかに : 「音波は《質量》を移動させている」ことを示した米国の実験。そして、 特定の音楽によりチーズの味が明確に変化することを明らかにしたヨーロッパの実験





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体は原子炉である
https://plaza.rakuten.co.jp/555yj/diary/202101220000/ より一部掲載。
風呂に入ってたら「体は原子炉である」と言う思いがやってきて、先ほどこれが見つかった。

原子転換というヒント―21世紀の地球再生革命​​​​
​https://www.asahi-net.or.jp/~zj7t-fji/book_genshitenkantoiuhinto.html


日本の実験では、炭素(C)から鉄(Fe)ができた!
ロシアでは、鉛(Pb)から、白金・金・銀・銅の混合物が誕生!
いま明らかにされる元素が別の元素に変わる「原子転換」の真理。

​​
元素が別の元素に変わる原子転換は通常の科学では原子炉以外はありえないとされている。しかし現実に生体内で日夜行なわれており日用的な道具でも実験できる。原子転換の応用で21世紀の資源問題解決の糸口が開かれる。
​​
​​​コメント欄
​​どうして、馬やヤギは草ばかり食べているのに、あんな立派な筋肉質の体をしているのか。食べたものが、体の中でちゃんと原子転換されているからです。​これを読むとそんなにタンパク質に追われる必要ないと分かりました。逆にとり過ぎると悪いこともわかります。
​​
これまでの食生活を考え直さなければ。もっとシンプルにできソー。​あのスギナだって、そこら辺に一杯あるし。

追記2)
これも参考になる。

ミクロ世界の物理学―生命・常温核融合・原子転換​
本書は生命、常温核融合、原子転換などの、従来不可解とされてきた現象にたいし、ミクロの液滴が、それらの現象を解決するための鍵を握る物質として登場するに至った、長い変化に富んだ道程を物語るものである。

われわれを取り巻くエネルギー世界の法則は、熱力学により示されるが、それによればエネルギーは変換されるものであって、過剰なエネルギーが作り出されることはない。

一方原子力エネルギーは核反応によって過剰に作り出されるが、それにはMeV級の高エネルギーを必要とし、われわれの身近で簡単に作れるものではない。

常温核融合の研究者は、その電気分解法により発生した過剰エネルギーは核反応によるものと主張したが、それは科学的常識に反するものであった。 何故なら電気分解法に用いられる電圧は高々数百Vにしか過ぎないからである。 ​​

原子転換の事実は常温核融合の研究が進むにつれて増加してきたが、その実験に使われる電圧は高々KVの程度である。即ち科学的常識に反する低エネルギーにより現象が発生するという点で常温核融合の場合と同様である。

一方生物もまたサイクロトロンのように原子転換を起こすとは以前から言われていた。生物に至っては外部からのエネルギー付加は全くないにもかかわらずである。

以上の三現象、常温核融合・原子転換・生命は、実際にどのようにして高エネルギーを獲得しているのか、という問題が解決されない限り、これらは超常現象とか偽科学とかのレッテルを貼られて葬り去られることになるのはやむを得ない。

この問題を解決すべく登場してきたのが微小液滴論である。

​ところで石油は生物の死骸が堆積した化石燃料ではなく、
自然発生している、(それゆえ、枯渇はなく無限に近い、)

参考)
石油の起源から考える「自然発生」ということ。



カテゴリ:
「健康教」の新しい情報、隠されていた情報、メモ。



メドベッド(ファクトチェックで否定=つまり真実)


イロイロ学んでいます(珪素/G入りコーヒー/塩素/病の再定義) 



ネズミさんによる世界史と日本史の講義。去年まではトンデモだったこの種の学説が、実は隠蔽されていた事実かもしれない。

カテゴリ:
残念ながら、ネズミさんのアカウントはもうなくなってしまった。99%族に隠蔽されていた真実が垣間見れるような、一連のツイッターの記録

1.ネズミさん
@Nezmi_san
https://twitter.com/Nezmi_san/status/1343787025447587840(リンク切れ)
ファルネーゼから「取り戻す」という事なんでしょうね。

【公約】2017年1月20日、トランプ大統領就任式で「私達は、権力をワシントンD.C.からあなた方民衆の皆さんにお返しします。」と演説している。


2017年トランプ大統領就任式・演説


藤原直哉
@naoyafujiwara
トランプ大統領、誰一人許さんか。それはすごい革命になる。大統領選に勝ちたいだけならあちこち妥協して何とでもなろうが、それはやらんと。誰一人許さんと。それに対してトランプに投票した「われわれ民衆」はもちろんOKでしょう。一方、ワシントンはひっくり返る。革命だ。


2.ネズミさん
@Nezmi_san
https://twitter.com/Nezmi_san/status/1303511221006524417(リンク切れ)
アメリカ人は生まれると、ワシントンDCに登録される。出生証明書として管理される。ある意味「大企業=米国」に「中小企業=人」が100%子会社として登録されるという事。「パーソン」と「ヒューマン」の違いだね。

「米国は株式会社」であるという話は有名である。出生証明書とは何なのか?「企業登録簿」だという事だ。なぜワシントンDCに出生証明書が集まるのか?なぜそこがロンドンシティ、バチカン、同様に「特区」なのかである。


3.ネズミさん
@Nezmi_san
https://twitter.com/Nezmi_san/status/749562772724158464(リンク切れ)
ワシントンDC=ワシントン「特別区」とは何なのか?

世界には大きく3つの特別区が存在する。
・軍事:ワシントンDC
・金融:ロンドン
・宗教:バチカン


4.ネズミさん
@Nezmi_san
米国の成り立ちはあくまで「カンパニー」、「エリザベス女王」と「ペンション=年金」管理・・・。

日本が廃藩置県をやっていた1871年「アメリカ合衆国」が「アメリカ合衆国会社」という企業になった経緯「forがofに憲法改正・・・」。
https://mizu8882.blog.fc2.com/blog-entry-49.html ←cobraについての記事も投稿しているのでデマや宗教関係のサイトかもしれない。要注意。


5.ネズミさん
@Nezmi_san
https://twitter.com/Nezmi_san/status/1033973489227595776(リンク切れ)
ワシントン特別区はなぜ特別なのか?
ファルネーゼー家(ブルボン家、パルマ家)がイエズス会作った。イエズス会のIHSは、ジュネーブの紋章と関係し、一方でスウェーデン王室のセラフィム王立勲章にも使用されているとか?

6.ネズミさん
@Nezmi_san
9時間
なぜペンタゴンは「5角形」なのか?
ジョージタウン大学とはワシントンDC近郊にあり、ペンタゴンは5角形をしているわけだが、この「FARNESIVS(ファルネーゼー家)」の要塞城がモチーフだ。

7.ネズミさん
@Nezmi_san
ファルネーゼなどローマが何故「世界地図」を手に入れることができたか?今まさに「攻めよう」としている「中国」にあった「明」という国に関係する・・・。
先ほどの装置は「明の時代」に中国で発明された「地震の方角を知る装置」に非常に似ている。「1421」「1434」という本で「明の船団がローマに到着した」事からルネッサンスが始まったという本がある。その当時の「明の機械」である。地震を検知すると竜の口から球が落ちる。


8.ネズミさん
@Nezmi_san
ファルネーゼ家の地図を見れば、「ロズリン礼拝堂」の壁画はもはや、意味もない。
https://twitter.com/Nezmi_san/status/999669352147267584(リンク切れ)


9.ネズミさん
@Nezmi_san
「明」はローマを尊敬していたので巨大船・航海技術・羅針盤、地図の情報を与えてしまった。その後「明」は滅んだ、これが今のアジアの不幸・・・(因みに圧倒的な技術は特許などを申請しません。永遠に秘密にします。当たり前ですが・・・)。


10.ネズミさん
@Nezmi_san
ヨーロッパがなぜ突然「ルネサンス」になったのか?なんだよね。


11.ネズミさん
@Nezmi_san
「明」はどうやって「ヨーロッパ」を発見したのか?
https://youtu.be/IShOKWYFkk8

The Portuguese recollection of Zheng He's voyages (EDC2_4.5.4)


12.ネズミさん
@Nezmi_san
レオナルドダヴィンチは発明家ではなかった?
https://youtu.be/I-Jc8qT3Cvs

Who Started the Italian Renaissance?


13.ネズミさん
@Nezmi_san
レオナルドダヴィンチだが、単なる「画家」が大量の装置の「発明家」になれるだろうか?普通に考えよう。「模写」したというのが普通だろうね。だったらその時期に「何を?」模写したのか?
https://erenow.net/postclassical/1434-year-a-magnificent-chinese-fleet-sailed-italy-ignited-renaissance/16.php


14.ネズミさん
@Nezmi_san
ルネサンスを経て、どうやって西洋人は地図を手に入れ、大航海時代となったのか?
https://youtu.be/Jg8lBu4JpMI



15.ネズミさん
@Nezmi_san
1421と1434が出版されると注目と同時に「物凄いバッシング」が起こった。だがよく考えよう、ルネサンスをコントロールしたのは今も支配する「支配層」である。この本を持っているが、反論が凄いので、対抗するための「参考文献」の量がすさまじい。ほとんどが参考文献。

Chinese Treasure Ships: Marvels of China and Japan

16.ネズミさん 
@Nezmi_san
作者の「Gavin Menzies」は「中国から金貰ってる」とか、「親中」だとかいろんな言われ方をした。ルネサンスが「急」に起った理由は何か?である(明治維新を思えばいい)。「明」は「ローマ」にあこがれ「ローマ」を目指した後、情報を与えたのが失敗だった。「イエズス会」は逆だったけどね。


17.ネズミさん
@Nezmi_san
ダビンチが「書いた」「歯車」であるが、中国では紀元前から「実物」ある。そして「何のためだか分からない発明」が存在するのだろうか?(「頭を切り替え」たら見えてくると思う・・・).


18.ネズミさん 
@Nezmi_san
江戸時代に突然ルネサンスが起こり「発明ブーム」が起こって「文明開化」で散切り頭、暦も変えて、「変わりました!」すべて日本人がやりました!(誰が信じますか).
中世がコロッと変わった理由は「明」の大船団がローマを訪れたからじゃないですか?


19.ネズミさん 
@Nezmi_san
それは「汚いベニスの商人」と「貴族」が貰った「テクノロジー」を門外不出とし(種子島と同じく)、それで利益を得たんじゃないですか?その結果得た「地図」「羅針盤」で世界を征服したんじゃないですか?


20.ネズミさん 
@Nezmi_san
この時、「明」の「鄭和」などの軍人は「イスラム教徒」だったらしいので、中国を「裏切った」んでしょうな。歴史には「支配層」にしかわからない歴史がたくさんあるでしょうね。(言えない、言ったらまずい話もあるでしょう).


21.ネズミさん 
@Nezmi_san
アメリカ人はこれを「コケ下す」わけですが「ポルトガル人」は真摯に受け止めます。面白いですね。


22.ネズミさん 
@Nezmi_san
以前「ボストン美術館」で「チンギスハン・モンゴル」の展示会があったのですが、今でも覚えてますが、皆「口あんぐり」で見てましたよ「相当脅威」に感じていたようですね。(アジア人が怖いと思ったと思います).


23.ネズミさん 
@Nezmi_san
欧州でもハンガリー、北欧のほうもアジアの血が入ってますからね。北欧はその血がある民族と純潔ロシア人とで「ちょっと」あるようですけどね。


24.ネズミさん 
@Nezmi_san
そうした一般人が持つ「人種」「民族」的な話と「支配階級」はまた「違う脳みそ」を持っているでしょうね。


25.ネズミさん 
@Nezmi_san
なぜ「文明開化」した後の世の中が「明治」なのかと思っている。「明」の字が入っている訳だよ。「明」は「日」と「月」でフリーメイソンのシンボルだし、「日月○○」というのもあるよね。「あかるい」と言う意味だしね・・・


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