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日本の敵は米国や中国や韓国という特定の“国”ではない、たまたま特定の政治イデオロギーを持った集団が、その政治イデオロギーにそぐわない社会の仕組みを破壊しようとしているのである。

つまり彼らは日本を攻撃しているのではなく、国境や国籍という、彼らがビジネスをする上で邪魔な社会構造を破壊しようとしているのである。

今まで目に見えなかった正体不明のモンスターが、意思の疎通ができる心を持った人間であると分かったとき、やみくもに未来を恐れる気持ちは無くなる。しかし同時に新たな荷を背負うことになる。それは、永い歴史を経て培われた日本人の感性や立場、日本人にとっては空気のように当たり前な国民的共通意識のようなものを、歴史も文化も異なる民族に、論理的に、根気強く説明して納得してもらうという作業である。

日本からの情報発信が無いため、彼らは彼らのグローバリズムに従い、壊す必要の無い物まで壊そうとしているのである。この状況、大東亜戦争開戦前に似ていないだろうか?

本書を読んだ後は、敵が実体のない幽霊だと思っていた時代に比べればよっぽど幸せな世界だ、と実感できるだろう。
私達日本国民に掛けられた戦後マインドコントロールを打ち砕いてくださった渡辺、馬渕両先生に深く感謝いたします。


ニュースの裏側にあるドロドロさやモヤモヤ感が吹き飛ぶ本でした。
日本的な協創、共存、性善思想が国際的にいかに夢物語かは、民族滅亡を目の当たりに生き延びてきたユダヤ人は熟知してたんでしょう。
そのための管理システムを世界規模で構築した国際金融資本家たちの創造力と構想力には、ある種の感動を覚えました。
資本主義も、共産主義もカネ貸しにとっては根っ子が一緒、という著者の指摘は、私にとってコペルニクス的な発見で、なぜマルクスをロスチャイルドが支援したのか一気に謎が解けました。
「対抗軸をつくり、競争(時には戦争)させ、狭間で儲ける」
自分達はそんな思想の下で、経済活動させられてるなら、国難にもなりますわな…(>_<)


国際政治の表面に現れるものの根底には、歴史を踏まえた根源的な「思念」ー「哲学」と言っても良いーがある。それを、渡部・馬淵という二人の論者は「グローバリズム」と「ナショナリズム」の相克と見切っている。

1つの仮説と言ってもいいが、「グローバリズム」の起源は、ユダヤ人の「ディアスポラ・シンドローム」である。「ディアスポラ(民族離散)」は、古来、ユダヤ人が自らを被害的主体として表現するときに用いてきたレトリックである。また、19世紀末、T.ヘルツェルの「シオニズム運動」が新たな生命を吹き込んだ概念でもある。
しかし、歴史的現実は、ユダヤ人はむしろ好んで異なった地域に進出し、金融や交易、財務管理という市場の隙間に入り込み、例えば「ロスチャイルド」や「サスーン」財閥になった。19世紀には、通信やマスメディアに入り込み、芸術、文化でもドイツ・オーストリアを彩った。20世紀に「シティ」と「ウォール街」を結びつけて、国際金融資本として、一見正反対の立場に見える「ソビエト5カ年計画」を助け、アメリカの「ニュー・ディール」を支えてきた。二人の論者が指摘するように、「コミュニズム」もその起源からユダヤ的グローバリズムの変種である。
馬淵氏の指摘する通り、国際金融資本は明確な証拠を残さないが、状況証拠と間接的な証拠は存在する。彼等は、資本の論理が全てだから、国家や国境、或いは「民族主義」といったものは余計なものと見なす傾向がある。

馬淵氏は、この見立てを、分かりやすく説明する。つまり、今、世界は、プーチンや安倍晋三、イスラム世界の指導者たちといった「ナショナリスト」と、世界を一元的に仕切ろうとするアメリカの「グローバリスト」の対立と見える。また、経済関係で深く結託しているように見える米中の政治家の背後にいる存在が、「シティ」と「ウォール街」であり、彼等が資本の論理で中国を擁護し、国際政治の波風を立てている。
本書に於いては、この「グローバリズムの正体」が、実は「日本の敵」であることが様々な角度から具体的に論じられる。

特に、アメリカ政治に対するユダヤ系アメリカ人の影響力は大きい。馬淵氏は、1980年代にアメリカに勤務したおり、「CFR(外交問題評議会 Council on Foreign Relations)」がユダヤ系で占められ、ロックフェラーが「アメリカ外交を左右しているのは我々だ」と発言していることに衝撃を受けている。

ただ、誤解してならないことは二人の論者はユダヤ世界の文化に深い敬意を持っていることだ。馬淵氏の場合、イスラエル公使時代にスファラディー系ユダヤ人と交流があり、渡部氏に至っては稀覯本をめぐってロスチャイルド一族とも付き合いがある。
ミアシャイマーが「イスラエルロビー」で厳しく批判したように、国際金融資本と結んだロビーが、極端な一極支配を貫徹しようとすることとアナ−キスティックな資本流動によって世界経済に混乱をもたらすことが問題なのだ。
そしてこの究極的な利益の追求は、彼らの代理人がアメリカ政府の要職に配されアメリカを歪め、経済雑誌のアナリストたちが代理人としてさりげなく忍び込ませるポジション・トークを際だたせてきた。
結果的に、多元的な価値観に立ってお互いの歴史や文化を尊重しようとする国際社会に圧力を加えてきた。

本書において、外交官生活を通して、世界の動きの最も深いところにあるものを探り、捉えようとしてきた馬淵氏の長年の考察を、渡部昇一氏は、深い知識と教養からくる対話で存分に語らせようとしている。
「国共内戦でなぜアメリカは国民党の勝利を望まなかったのか」
「朝鮮戦争でなぜアメリカは決定的勝利を得ようとはしなかったのか」・・・。
こういった歴史の真実については、様々な立場からの立論がある。しかし、二人の論者が展開する「真実の見立て」は、説得力があるはずだ。歴史家は、証拠もなく学説を打ち出すことはできない。しかし、より自由な論者は、断片的資料から蓋然性の高い仮説を述べることができる。

本書は、読者に幅広い知的刺激を与えてくれる。また、その柔軟な思考、柔らかな語り口は、読者を思わずその対談の内部に引きずり込んでくれるような魅力に溢れている。

追記
一時期「ボーダーレス経済」などという言葉が流行した。「経済に国境はない」と主張する経済人もいた。しかし、1990年代の「アジア経済危機」、2008年の「リーマンショック」が明らかにしたのは、いざとなると「金融には国籍がある」という現実である。グローバリズムには限界がある。人間は、制御可能な安定した程ほどの空間をやはり好むのである。


グローバリズムと共産主義、ユダヤ思想の関係そして東京裁判史観による大東亜戦争の追撃戦がなお続いていること・・・・日本人必読の良書である。


米中は、裏で手を結んでいるというのがお二方の見立てである。慰安婦や南京事件がアメリカを舞台に展開されているのを見て、疑問に思う日本人は多いだろう。アメリカは、日本人が自虐史観に捕われているの方が好ましいのだ。中国・韓国・北朝鮮は、なおの事である。東アジアの分割統治に腐心しているのだ。とう小平は、アングロサクソンは必ず紛争の種を蒔いて撤退すると喝破した。

日本人は不得手であるが、何時の時代もプロパガンダが重要である。そこに、事実と捏造の区別はない。中国は、世界中で毎日大量の反日情報をバラ撒いている。日本は、自前の情報媒体を持つべきであるが何故か中途で立ち消えとなる。それは、外部からの圧力としか考えられないと述べてある。

アメリカは、権力の担い手がWASPからユダヤ系国際金融資家に移行している。スペイン系のカトリックも力を伸ばしている。
ユダヤ人は、歴史的理由によりグローバリズムの信奉者である。そして、左翼も同様である。
ここに、ウォール街と中国共産党エリートとの日本人から見ると奇妙な連携の理由が存在する。そして、これを裏付づけるように共産党エリート層は、アメリカに莫大な資金を逃避させている。
この二つ国家は、同根であり1%の富裕層と99%の貧困層に分離しつつある。

左翼リベラリズムの影響を強く受けている日本のマスコミ人は、事実上ウォール街が推進しているグローバリズムの代理人として使われている。つまり、喉と舌となっている。勿論、その中に在日中・韓が潜り込んでいるのは言うまでもない。
朝鮮戦争、ベトナム戦争、対テロの戦い等が何故、長引いたか或いは長引いているのかという疑問が提示されているが、答えは、それにより利益を受けているものがいるというのである。

アメリカの外交政策は、大統領や国務長官が決めているのではなく、法律に規定のない安全保障特別補佐官という名の「令外官」が事実上決めている。そのバックは言うまでもなく国際金融資本家である。ナショナリスト安倍総理は、用心しないと田中角栄の轍を踏む恐れがあるという忠告もある。

最近、日本のマスコミに於いて奇妙な行動があった。それは、安倍総理のブエノスアイレスに於けるIOC総会でオリンピック誘致の決め手となった「福島近海でのモニタリング数値は、最大でもWHOの飲料水の水質ガイドラインの500分の一である」という極めて説得力のある具体的発言を報道せず、恰も、難題に今後どう対応するかのような事実と異なるような報道をしたことである。そして、新聞休刊日として誘致成功報道をサボタージュした。

このような事は、最近度々見られるようになった。インターネットによりリアルタイムでしかもプロの情報が手に入るようになった今、新鮮味のない情報というハンディを背負い且つ正義と公平に横を向くのは何故だろうか。
米中という国家が、手を携えているのではなくウォール街と共産党エリートが手を握っている。それは、国民レベルでなく私的レベルであるので永続性はないというのも結論である。これを陰謀論と言えようか。

日本には、反ユダヤ主義が存在しない。世界では稀な民族である。「アンネの日記」の切り裂きにアメリカのユダヤ系人権団体が鋭く反応したがその後、鎮静した。深層を掴んだのではないだろうか。