キリストのお墓はそこじゃない。本当はここ日本だ!
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さあ、聖墳墓教会へと話は戻ろう。キリスト教徒にとって、この教会こそエルサレムで最も重要な聖地とされている。キリスト教の教義において最も重要な教えの一つがイエスの復活だ。イエスが十字架に架けられ、命終えて墓に葬られたのち、3日目に復活したというのがその教えだ。イエスが亡くなってから3日目の朝、お墓の様子を見に行くとそこはもうもぬけの殻。驚くべきことにイエスはその後弟子の前に姿を現し、教えを説いたのちに昇天したとされている。イエスはあらかじめ、この復活のことを予言していた。弟子たちはこの復活をもってイエスがまさしく神の子であり、メシア(救世主)であったことを確信する。ここからキリスト教は生まれてくるのである。だからこそ、キリスト教の始まりとしてもこの聖墳墓教会は非常に重要な場所と考えられているのだ。では、その聖墳墓教会へと足を踏み入れていこう。

これが聖墳墓教会の外観だ。思っていたより簡素に作られている。中は参拝客でごった返していてなかなか前に進むこともできない。まずは入ってすぐに階段を上り2階のスペースに進む。ここはイエスが十字架に架けられた場所であるゴルゴダの丘とされていて、十字架の足場となった岩が置かれている。
ここでイエスは亡くなったのだ。

暗くて見えにくいかもしれないが、イエスの十字架上の像が置かれている。

この写真は先ほどのイエスの像の下の様子を写真に収めたものだ。これは一体何をしているのだろうか。イエスの足元のテーブルの下は入れるようになっており、床に開いた穴から手を伸ばせばゴルゴダの丘の岩に触れることが出来る。かなりの時間待つことになるが順番待ちをすれば誰でも触ることができるのだ。
ここまで話してきて、疑問に思われた方もおられるかもしれない。「ここは聖墳墓教会なのになんでその中にゴルゴダの丘まであるの?」と。そうなのだ。ぼくもそのことに疑問を抱いていたのだが、実際は全くの逆だった。
つまり、ゴルゴダの丘に建てられたのがこの教会の始まりで、ゴルゴダの丘の近くにイエスは葬られたのだからお墓もこの辺りにあるだろうということだったのだ。実を言うと、ゴルゴダの丘の場所もイエスのお墓も正確な位置は誰にもわからないのだ。初めてこの教会が建てられたのも4世紀中ごろで、イエスが亡くなってからすでにほぼ300年が経っている。このころにはすでにゴルゴダの正確な位置もわからなくなっていたのであった。
だが、前のアフリカの記事にも書いたが、事実そのものよりも、そこにある物語を信じるかどうかが聖地としては重要なのだ。その意味ではこの教会は聖地としての意味を完全に果たしていると言えるだろう。そういうわけで、この教会の中にはイエスのお墓とゴルゴダの丘が共にあるのだ。
→気持ちは分かるが、古代からの悪魔崇拝者たちの思惑に見事に引っかかっている気がする。コロナ後は、「なぜそんなに適当に”ここはイエスの墓!”という設定で運用しているのか」と疑問に思い追究し、これ以上、悪魔崇拝者たちに嘘や洗脳をさせないようにしなければいけない。既にそういう時代になった。
さて、ゴルゴダの丘を終えるといよいよイエスのお墓に向かう。階段を下りて建物奥の大きなスペースの方へ歩いていく。するとそこには円形の広場に天井がドーム状の厳かな空間が広がっていた。円形の広場にドーム状の高い天井を持つこの構造をロタンダという。アメリカの国会議事堂もこの建築様式を採用している。

その空間の中央に鎮座していたのが、イエスのお墓だった。さすが聖地中の聖地。この広場は人で埋め尽くされている。

ロタンダの荘厳さとお墓そのものの厳粛さが何とも言えない威圧感を感じさせる。ここも聖域であることを実感させられる。ここもかなり待つことになるが順番待ちすればこのお墓の中に入ることが出来る。中は狭い部屋になっており、イエスが安置されていたとされる石の寝台を見ることが出来る。もちろん、イエスのお骨はこの世に存在しない。なぜならその肉体は復活し、そのまま昇天したからだ。
お骨が存在しないからこそ、お墓の中まで入ることが出来るというわけだ。
この聖墳墓教会は現在、ローマカトリック教会、東方正教会、アルメニア使徒教会、コプト正教会、シリア正教会が共同で管理している。聖墳墓教会内にそれぞれの領域があり、そこでそれぞれがミサを行っている。一つの宗教団体が管理するとなると争いが起きる。そのためにあえて共存するという道を選んだのだ。さらに、この聖墳墓教会の鍵を管理しているのはキリスト教徒ではない。この教会の近くにすむイスラム教徒の家族が800年近くにもわたって代々聖墳墓教会の扉の鍵を管理しているのだ。
聖地を巡る争いを避けるために様々な方策を考えているのだ。
Monique Ngo Mayag、AFP.

「最後に、フェリックス・チセケディ大統領がイエス・キリストの墓の前を訪れ、花輪を捧げて祈っています」と、10月27日以来700回近く共有された投稿の著者は述べています。 「キリスト自身も何も理解していません…」と嘲笑し続けます。テキストには、DRCの大統領と彼の妻が墓石のように見えるものの前で瞑想している様子を示す写真が添付されています。
フェリックス・チセケディは10月末にイスラエルを公式訪問しました。この旅行は、彼のツイッターアカウントの大統領の条件によると、「高い政治家とビジネス界とのいくつかの会議」と「聖書の伝統に根ざしたこの国の特定の史跡での瞑想」を提供しました。コンゴ社長、この訓練中のクリスチャンは、ヘブライ語の国では、ウェブ上の嘲笑を挑発:「イスラエルは、私たちは私の愛するものを警戒するさせ、フェリックスTshisekediはRAMから盗まれたすべてのこのお金で天国に上がっていくリスク」(電話の携帯電話への課税、編集者注)、私たちは例えばこの投稿で読みました 。
さらに、この海外滞在は、Tshisekediの旅行が大統領の予算超過の原因の一部であると信じているNGOであるコンゴ公共支出観測所(Odep)からのプレスリリースの直後に行われました。
しかし、実際に回覧されている写真は、エルサレムのヤド・ヴァシェム記念館の一部であるショアの「記憶の地下室」の前にいるフェリックス・チセケディと彼の妻を示しています。
ヤドヴァシェム博物館は、第二次世界大戦中にナチスによって殺されたホロコーストのユダヤ人犠牲者600万人を記念して建てられた、「世界最大のホロコースト記念館」の名を冠した記念館にあります。この複合施設は、「1953年に、ショアの文書化、研究、教育、記憶の世界的な中心地として設立されました」。
ヤドヴァシェム博物館のウェブサイトで検索すると、コンゴ大統領夫妻が訪れた場所が見つかりました。これは記憶の暗号です。墓石(黄色の矢印)と石垣(赤い矢印)があります。

この暗号に関連した記述は、それが1961年に発足したことを示し、および構成する「ホロコーストの記念に捧げ最初のサイトは、ヤド・ヴァシェムで追悼の山に確立されています。」
ドイツのメルケル首相 が 2021年10月10日に訪問しました。
「ヤドヴァシェム博物館は世界最大のホロコースト記念碑です」と彼女はAFPに語った。観光客に加えて、「研究者や歴史家はこの大量虐殺について学びに来て、ユダヤ人絶滅計画について教えるインターナショナルスクールは世界中から何百人もの教師と学生を受け入れています」。
キリスト教によれば、聖墳墓はイエスが復活する前に埋葬された場所です。エルサレムで最も重要なキリスト教の聖域です。聖墳墓大聖堂は、ユダヤ教、イスラム教、キリスト教という3つの一神教の交差点である、この都市を訪れる人々の精神的な目的地の1つです。
→隠蔽仲間と利権(笑)。
それを付け加えながら、「彼がそれを訪れたとしても、それはマスコミとは関係がなく、民間部門に分類されるだろう」。 AFPは、いずれにせよ、聖墳墓でのフェリックス・チセケディの写真の痕跡を発見していません。
ヨセフは死体を受け取って、きれいな亜麻布に包み、岩を掘って造った彼の新しい墓に納め、そして墓の入口に大きい石をころがしておいて、帰った。(マタイ書27:59-60)
翌日、「長官、あの偽り者がまだ生きていたとき、『三日の後に自分はよみがえる』と言ったのを、思い出しました。ですから、三日目まで墓の番をするように、さしずをして下さい。そうしないと、弟子たちがきて彼を盗み出し、『イエスは死人の中から、よみがえった』と、民衆に言いふらすかも知れません。そうなると、みんなが前よりも、もっとひどくだまされることになりましょう」
ピラトは彼らに言った、「番人がいるから、行ってできる限り、番をさせるがよい」。そこで、彼らは行って石に封印をし、番人を置いて墓の番をさせた。(マタイ書27:63-66)
この封印をしたとき、すでに死体はなかったのではないかというのがリヴィングストン氏の見立てだ。
すでにこのとき(※封印をしたとき)アリマタヤのヨセフは、イエスが復活したと触れ回れるよう二人のマリアと示し合わせていた可能性がある。
・・・しかし『バルナバ福音書』によれば、十字架にかけられたのはイエスではなくユダであった。コーランにも同様の旨の記述がある。『バルナバ福音書』にはこうある、「神をも恐れぬ使徒らは夜に墓へ行き、ユダの死体を盗み出し隠した。そしてイエスが復活したと触れ回ったので大混乱が起きた」。
「キリストの里伝承館」という資料館もある。村でかつて使われていた農耕具や衣服と並んで、村に暮らす“キリストの末裔(まつえい)”の写真、村とユダヤのつながりを示す数々の“証拠”、日本語で書かれた“キリストの遺言書”などが展示されている。それらによれば、十字架刑を逃れたキリストは名前を十来太郎大天空(とらいたろうだいてんくう)に変え、村の女性と結婚して3人の娘を育てたというのである。
1964年からは毎年初夏に「キリスト祭」が開催されている。当初は村の商工会、その後は観光協会を中心に運営されている。祭りは神道式で行われる。神主が墓に向かって祝詞をあげ、来賓が玉串奉奠(ほうてん)を行う。与野党の政治家も参列する。地元の民俗芸能である田中獅子舞が、そして墓を囲んで村に伝わる盆踊り「ナニャドヤラ」が奉納され、祭りはクライマックスに達する。
→以前から青森のキリストの墓は知っていたけど、キリスト祭を神道で行うのは胡散臭いと思い、全く信じなかった。でも、コロナ以降、その常識は正反対に覆された。日本の宗教はユダヤと似ている、宗教関係者は日本の支配者層(1%族)、彼らは元々中東から日本へ来た又は戻って来た。神社の神道=実は原始キリスト教。キリストの身代わりになったのは弟という説。または、弟イスキリが別名「ユダ」なのか?
http://www.millnm.net/cgi-bin/page.cgi?url=../qanda4/95JKmpaTImmCw33062.htm
「古代日本がユダヤ人と関係がある?ばからしい」。このように思う人がいるかもしれない。
しかし、実際関係がある。なぜか。神は日本を神の国の秘密の砦として作っておられる。イルミナティが世界政府を樹立して、世界を完全に支配できないように、ずっと隠してこられた。ヨーロッパにそのような砦があったとしても、サタンは容易に見つけて、破壊したことだろう。
アメリカは、植民地を解放する外貌を持っているが、実際は、それを拡大してきた。ベトナム戦争は、対共産主義の戦いではなく、フランスから巨大な麻薬の利権を引き継ぎ、黄金の三角地帯を獲得するためであった。アメリカの建国がイルミナティ・フリーメイソンによるのであるから当然というべきである。真に世界を解放したのは、日本である。ロスチャイルドのイギリス帝国を崩壊させた本当の立役者はアメリカではなく、日本である。
アメリカが世界を支配している今の状態が、「世界の麻薬漬け」であることから明らかである。神はイルミナティ(つまり、タルムードユダヤ人)による世界支配を最終的に妨害するために、日本を古代においてすでに用意されたのだ。
籠神社、真名井神社は、非ミシュナー(後にタルムード)教のユダヤ人が建てた。イエス派の人々は、日本に来た。神は、仏教などでカムフラージュし、日本人にすらこの事実を隠してこられた。しかし、籠神社の浦島太郎は、実は、イエスなのだ。浦島は裏の島である。つまり裏ユダヤの島。浦島太郎は、亀を救う。亀=六芒星=ユダヤ。そして、海の底に下る。つまり、死ぬ。聖書において海は滅びを象徴。海から帰ってきて、鶴になり昇天する。つまり、復活して、昇天する。浦島太郎は、契約の民を救うためにやってきて十字架にかかり、地獄に行き、復活して昇天したイエスを象徴する。籠神社の象徴が亀。伊雑宮の象徴が鶴。亀と鶴は、浦島太郎の物語を象徴する。つまり、イエスの贖罪と昇天を示す。
日本は、世界を救うイエス・キリストの国なのである。バベルの塔の完成を目前にしている今、われわれにこの秘密が明かされたのは、大和(ヤ・ウマト=神の民)民族である日本人が世界を救うためである。
ゆたか式マンデラシフト「まずは明確なゴール設定をする。それを強く意識する。適切な行動をする。いつかそこに辿り着く」。
https://ynisj.blog.jp/archives/12993851.html